僕たちの時が来た!

旭闘争6年、もう僕たちの時が来た!

旭硝子から6年ぶりの連絡があった。 胸がはずんだ。 元請けの使用者である旭資本が労組を立ち上げたことを理由に、集団解雇された我が社内下請け労働者らに対し、初めて対話の場を提案したのだ。 うれしかったが、緊張した。 我々は組合員たちと集団的な討論を始めた. 旭資本が提示する案は、我々が受け入れがたい案であることは火を見るよりも明らかだった。 受け入れられない案なら断固として集団的に拒否する力が必要だった。 我々は集団的討論を通じて、さまざまなケースを予想し、意見をまとめた。

2月23日、使用者側と会った。 まず会社側の案について説明を聞いた。

「全員正規職として雇用する」。 ただ支会長は雇用が難しい。 「雇用しない代わりに3億4千万ウォンの慰労金を支給する」 新規採用する組合員は1人当たり9千2百万ウォンを支給する。 そして、民主労総と金属労組に発展基金を出す」。

それらしい。3億4千もくれると言ったら、頭の中で一度も触ったことのないお金が描かれた。 そして旭労組破壊犯罪者たちは、「本当にお金がたくさんあるな」と思った。 新入社員の時も9200万ウォンくれるというから、内心「お金で済まそうと決めたんだな」と思った。

会社側の話は終わった. 私たちが話を始めた。

「旭が6年ぶりに私たちに会おうと言ったのは、労働組合を認めることだと思います。 それでは一番先に謝らなければならないですね。 謝罪からしてください」。

謝罪を要求した。 会社側は、「そのようなことは普通、合意文に作成するものではないのか」とごまかした。 再び22人全員が雇用が可能なのかを質問した。 会社側は、「それは難しい」と答えた。 それなら我々もこれ以上話すことはない」と一線を引いた。 22人の雇用が可能な時に再び連絡するように」とし、「面談は中止しよう」と話した。 会社側の慌てた表情がそのまま表われた。 会社側は、「互いに立場を交わし、対話を続けてほしい」と再び提案した。 私たちはそのような考えはない」と断言し、席を立った。

胸がすっきりした。 これまでやられた悔しさを込めて一発食らわせる痛快さを感じた。 直ちに会社側の立場を整理し、組合員と疎通を図った。 地元メディアに内容を公開し、「連帯同志」にも内容を公開した。 公開するということで胸がいっぱいになった。

●決して諦められない民主労組運動の原則

7年間長期闘争をしているが、我々は堂々としている。 我々を分裂させるために作った案を世間に公開し、旭資本の卑劣さを暴露した。 まるで勝利したかのように気持ちがよかった。 長期闘争をする労働者たちは力がないとみな考える。 長期闘争で資本が案を投じれば、労働者はそれを無条件に受け取るしかないと考える。 「資本は与える立場であり、労働者たちは受け取る立場だと考える。」 どういたしまして。 ◆いくら切迫しても、労働者の自尊心を奪われることはできない。

お金の使い方で敢えてどこへ! 旭資本は労働者を踏みにじり、労働者の自尊心に触れてはどうなるのか、経験しなければならない。 我々は受け取った分だけ返す。 二度とお金で私たちを揺さぶらないようにしたかった。 熱く一発食らわせたのだから、第1戦は我々が勝利した。 しかし、まだまだ先は遠い。 私たちは必ず謝罪を受け、民主労組を守り抜く。

旭非正規職支会は、民主労組の原則を守りながら戦うために努力する。 組合員数は22人に過ぎないが、集団的な討論を通じて決定する。 透明に運営し、すべての内容を公開する。 組合員たちが「生きている労組、連帯する労組」を作り、7年間戦っている。 私たちには自負心がある。 我々は民主労組を守り、堂々と闘争する労働者だ。

旭資本が出した案を拒否したことを、多くの同志たちが「すばらしい決定であり、難しい決定だ」と応援した。 しかし、私たちは決して困難な決断をしなかった。 簡単に決定したし、当然の決定だった。 組合員22人はみんな同じ気持ちだった。 共に戦った我々が誰も雇用し、誰も雇用しない方式には絶対同意できなかった。

旭資本は組合員たちが慰労金の数億ウォンに揺れると判断したが、それは私たちをあまりにも軽んじて浅知恵を働かせたものだ。 鋼鉄が絶え間ない金づちを使って鍛えられるように、労働者たちは闘争を通じて鍛えられる。 旭非正規職支会が歩んできた6年間の闘争は、そのようにわれわれを変化させた。 労働者が団結すれば勝利するという真実を我々は身につけてきた. 資本に向けた組合員の目は、依然として輝きながら生きている。 旭資本は、我々が生きて動く労働者、闘争する労働者だということをまだよく知らない。

[社説]不法派遣摘発しても、検察は手抜き捜査、司法部は軽い処罰

5月3日、アサヒグラス派遣法違反の刑事裁判で最終弁論が行われた。 検察は、旭社長の原納猛懲役6ヵ月、下請社長のチョン·ジェユン懲役4ヵ月、アサヒグラス法人の罰金5千万ウォン、下請法人の罰金5百万ウォンを求刑した。 形式的に弱い. 検察と司法部は派遣法違反を犯罪と考えない。

韓国ジーエム·ライリー社長は2013年2月、派遣法違反で起訴され、最高裁判所で罰金700万ウォンを言い渡された。 下請会社の代表4人もそれぞれ罰金400万ウォンを言い渡された。 7年後の20年2月、韓国ジーエム·カッハー·カゼム社長が再び派遣法違反で検察に起訴され、現在裁判を受けている。 派遣法違反で有罪判決を受けても気にせず、また不法派遣が続く理由は、まともに処罰されないためだ。

派遣法違反は、派遣法第43条の規定により、3年以下の懲役または3千万ウォン以下の罰金の処罰を受ける。 ところが裁判所は、韓国ジーエムライリー社長に罰金700万ウォンを言い渡した。 一人でお酒を飲んで飲酒運転でかかっても、罰金1千万ウォンから1千万ウォンの罰金を払わなければならない。 偽装請負で非正規職を雇用して稼ぐお金が数十億から数百億に達する。 不法で数十、数百億を得ても罰金刑であり、その罰金も数百万ウォンに過ぎない。 一体どんな社長が法を守ろうとするだろうか。

派遣法違反は犯罪だ。 正規職を雇用すべき労働者を非正規職として雇用し、不安定労働を作る。 2019年1月31日、ソウル南部地裁は、事件番号「2018、ゴーダン165派遣法」違反事件で、セーブゾーンの会社側代表らに懲役1年と懲役10ヵ月を言い渡し、ただし2年間刑の執行を猶予するという懲役刑を言い渡した。 裁判を行ったイム·ジョンヒョ裁判官は、「派遣法違反は劣悪な労働環境に置かれるようにする犯罪であり、韓国社会にも深刻な害悪を及ぼし、罪責が重い」と判決した。

旭は外資系企業として12万坪の土地を無償賃貸してもらい、国税·地方税減免の恩恵も受けている。 年平均売上高1兆ウォンずつ稼ぐ。 韓国ジーエムや旭のような外資系企業が国内に入って不法行為を行うのは、「韓国でこの程度の不法行為はしてもいい」というひねくれた認識から始まった。 このように企業の誤った認識は、これまで韓国社会が企業の不法行為を軽く考えたり、目をつぶったりしてきたためだ。

22人の復職だけでなく、みんなの勝利のために

7月14日、旭派遣法違反の刑事裁判判決がある。 われわれは裁判部に旭厳重処罰嘆願書を提出する予定だ。 1万人以上の方々が厳重処罰嘆願書に一緒に来てくださった。 労働者たちがどのように争うかによって、裁判所の判決も変わる。 裁判が公正でないのは昨日今日のことではない。 起訴されても、裁判所に任せておくことはできない。 我々は裁判所の甘い処罰を予想するが、それでも最善を尽くして戦う。

古語に’長病に孝子なし’という諺がある。 親の病気でも長い間看病すると、疎かになるものだという意味だ。 闘争が長期化すれば、疲れて苦しくなるのは当然だ。 ◆長期闘争をする労働者が団結力を維持しながら戦っていくのは容易ではない。 しかし、私たちは疲れないように努力し、集中力を発揮して闘争し、力を維持してきた。 資本は、時間稼ぎで生活苦に直面している我々を疲れさせようとしたが、結局失敗した。

今はまだ不利な時間だったと思うのなら,これからはこっちにとって有利な時間だ. 急ぐ理由がない。 我々は闘争を早く終わらせるより、きちんと終わらせることのほうが重要だと考えている。 雇用され補償されることほど重要なことは、謝罪され民主労組を守り抜くことだ。 まさにそれが旭非正規職労働者の勝利だけでなく、我々皆の勝利へと進む道だ。 旭闘争は必ず勝利する。 「いつどうやって勝つか」が残っているだけだ。

「全国不安定労働撤廃連帯」のブログから転載

http://workright.jinbo.net/xe/issue/73913?fbclid=IwAR3we94nZf-XiNBXLiV3oDrn0ZlyFnsaXmQGIDU_vTFIskxwDE5BxdavUl8

キムジンスクさんの希望行進、青瓦台へ

旭非正規職支会もともにしたキムジンスクさんの復職と安全な職場のための「行進」。

34日間プサン(釜山)からソウルまで千里を歩きとおした行進。極寒の雪の日もあった。

https://imnews.imbc.com/replay/2021/nwdesk/article/6081507_34936.html?fbclid=IwAR00q-WPn5ff7kr7jn8VycZsm7N6iVhv067T8mQcYmorOqquIdcxxFdrix8

https://imnews.imbc.com/replay/2021/nwdesk/article/6081507_34936.html?fbclid=IwAR00q-WPn5ff7kr7jn8VycZsm7N6iVhv067T8mQcYmorOqquIdcxxFdrix8

34日間「千里の道」…。復職と安全な職場のための「行進」

入力 2021-02-07 20:11 | 修正 2021-02-07 20:171

韓進(ハンジン)重工業解雇労働者のキム·ジンスク氏が復職を促し、昨年末、釜山(プサン)から徒歩行進を開始しました。

34日目の本日、ソウルで締めくくりました。

他の解雇労働者と市民が一緒に歩きました。

ホン·ウィピョ記者が現場に行ってきました。

レポート

今日の午前、ソウル黒石(フクソク)駅前。

「キム·ジンスク復職」というベストを着た人たちが目につきます。

発熱チェックをして名簿に名前も書きます。

10人以上集会を行うことができない防疫規則上9人が一組で行進します。

[LGユープラスの解雇労働者]

「同じ解雇者としてその心情がよく分かるため、このように一緒に参加することになりました。”

昨年末、定年を翌日に控え、韓進(ハンジン)重工業の解雇労働者のキムさんは、釜山(プサン)で徒歩行進を始めました。

再発した癌治療も後回しにして路上に立ったのは、単に自分の復職のためだけではなかった。

[キムジンスクハンジン重工業解雇労働者]

「私だけでなく、多くの解雇者·非正規雇用者が一日も早く職場に戻り、こんなに苦労しない社会になればと思います。”

「30年あまり前、労組活動をしたという理由で自分を解雇した韓進(ハンジン)重工業の本社前を通ります。

2009年と昨年、Kさんを復職させるように勧告があったが会社側は応じていません。

解雇労働者のキム·ジンスク氏が作った船を意味する「紙の船」を持ち上げ、市民はキム氏の復職と労働者に安全な職場を作ってくれと要求しました。

400キロを歩いて来た青瓦台の前

自身の復職と不当解雇の禁止を叫び、48日間断食を続けている同志を抱きしめたキムさんは、後退が指摘された「重大災害企業処罰法」の完全な制定を要求しました。

[キムジンスクハンジン重工業解雇労働者]

「なぜ労働者は死んでいくのか」その答えを聞きたくて、34日間歩いてここまで来ました。”

主催側が名簿に基づいて把握した今回の「希望通り」行進の参加者は約700人。

突然集まった人波で、警察はコロナ19の拡散が懸念されるとして一時解散命令を出しましたが、大きな衝突にはつながりませんでした。

MBCニュースのホン·イピョです。

(映像取材:キム·ベッスン 映像編集:ウィ·ドンウォン)

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<キム·ジンスク指導委員の大統領府発言全文>

あきらめないようにしましょう。倒れないようにしましょう。 私もそうします。

民主主義はどこに行ったのか。全泰壹(チョン·テイル)がたいこを買ってくれた女工たちは、どこでたこができた手で、かすれた目をこすりながら、まだミシンを回しているのか。 それともLGツインタワーの便器をきれいに洗ってクビになったのか。 それとも仁川(インチョン)空港のモップにも劣る下請に下請労働者として暮らして首になった金ゲウォルになったのか。それとも20年間、最低賃金コレイル·ネットウェックスの解雇者になり、ソウル駅の冷たい床に座ってのり巻きを食べるのか。

労働尊重社会でチャ·ホンホは、金スオク、ビョン·ジュヒョンはなぜまだ非正規職なのか。

なぜ青年たちは非正規職で差別と蔑視から学ばなければならず、フェミニスト政権でなぜ女性たちは一番先に首になり一番多く死んでいくのか。

雇用を最優先に守るという政権で、大宇(テウ)バス、韓国ゲイツ、イースター労働者はなぜ大量に解雇され、双車と韓進の労働者はなぜ依然として雇用不安に苦しんでいるのか。

朴チャンス、金ジュイクを弁論した労働人権弁護士が大統領である国で、なぜまだ労働者は飢え、解雇され戦わなければならないのか。

チェ·ガンソの遺体安置所を訪れ、「すまない」と言った方が大統領になった国で、なぜ、まだ労働者らは死んでいくのか。

金ヨンギュン、金テギュ、チョン·スンギュ、李ハンビッ、金ドンジュン、ホン·スヨンはなぜ今日も死ぬのか。

セウォル号、ステラステージ号はなぜまだ沈んでおり、遺族がいつまで戦わなければならないのか。

移住労働者たちはなぜビニールハウスで暮らして凍死しなければならないのか。

なぜ、文正鉉(ムン·ジョンヒョン)神父は、白基玩(ペク·ギワン)先生は、朴正熙(パク·チョンヒ)政権で始めた戦いを今も続ける全斗煥(チョン·ドゥファン)政権で解雇された金ジンスクはなぜ36年間解雇者なのか。

その答えを聞きたくて、34日歩いてここまで来ました。

その約束がなぜ守られないのか聞きたくて、一歩一歩千里の道を歩いてここまで来ました。

36年間、私は幽霊でした。 資本に権力にだけ見えない幽霊でした。文在寅(ムン・ジェイン)大統領様私が見えますか。

ともに戦ってきたあなたがろうそくの力で大統領になった後も、相変わらず解雇者の私が見えますか。

風呂敷を被ったまま連行され、体中が血まみれになるほど殴られ、その傷を体に鎖のように抱えて36年間生きてきた私が見えるでしょうか

最低賃金の蔑視の代名詞である『清掃雇用』を守ると泣いて戦うこの労働者が見えるでしょうか。

「お父さんはどうして来ないの」と尋ねる3歳の子供に「お父さんは立てこもり現場だ」という言葉をどう説明するか分からないというこの労働者たちが見えるでしょうか。

同志の皆様、民主主義は戦う人々が作ってきました。

過去を裏切る人たちではなく、唇だけで民主主義を語る人たちではなく、自分一人が川を渡り、イカダを捨てる人たちではなく、戦う我々が血を流しながらここまで来たのが、この国の民主主義です

遠い道を一緒に歩いて来てくださってありがとうございます。

骨を削って断食をした同志たち、本当にお疲れ様でした。

これからどれだけ遠い道を行くべきか分からない私たち。あきらめないことにしましょう。 倒れないようにしましょう。 私もそうします。 笑いながら最後まで一緒に闘う!!!

平井新社長は決断せよ!

 2021年1月15日、旭非正規職支会支援共闘会議は、年初めのAGC本社行動に立った。

 1月8日付で事前に申入書を送付して、この日の申入れに対応するように要請したところ、総務部の担当者から山本弘行議長に電話で連絡があった。いわく、“東京都の非常事態宣言を受けて受付業務休止して外部との面会を制限しているので、今回はお会いすることはできない。AFKの方で解決に向けて動き出しているようだ。本社としても承知をしている。今回の申入書も今までと違っているのも承知している。間違いなくトップに報告をする。”との内容だったそうだ。確かにAGC本社の入る新丸の内ビルの1階受付には案内がおらず、内線で直接担当者に連絡する体制になっていた。隣のSMBC証券の案内はちゃんといたのは何なんだということはあるが…

 非常事態宣言で人通りも少なめだが、旭非正規職支会支援共闘会議はこれまでで一番多く30人が結集した。

 1月1日からAGCは社長が島村から平井に変わった。理由は「ガバナンスの刷新」。島村は3月で代表権のない取締役に降格する。地元自治体と投資協定結んで地代も地方税も免除にさせながら、韓国の法律を無視して偽装請負と違法派遣で儲けた。旭非正規職支会ができて誤魔化せなくなると全員解雇。請負会社はつぶしてしまった。違法派遣で起訴されたら責任者の日本人社長の首をすげ替えて帰国・雲隠れさせた。その責任を追及しても「韓国子会社が適切に対応」「本社はコメントする立場にない」の一点張り。コンプライアンスもガバナンスもあったものではない。

 平井新社長にはガバナンス刷新して、解決に責任を取ってもらおう。

 旭非正規職支会からは心のこもった檄布とマスクが韓国から届いた。ありがとうございます。2021年、旭非正規職支会が正規職として職場に戻る勝利を、必ずともに勝ち取りたい。

社長辞任は引責辞任??

AGC(旭硝子)は韓国旭支会の解雇撤回しろ!

☆非正規職労働者の未来かけた闘い☆

 新型コロナウイルスの感染が拡大しています。その影響で非正規労働者が真っ先に雇用や収入を絶たれ、感染せずとも命の危機に直面しています。非正規職が人として生きていけない現実…これに労働組合を作って立ち向かったのが、韓国の旭非正規職支会の組合員たちでした。

 彼らは「請負会社」に雇われてAGC(旭硝子)韓国工場で働く労働者でした。最低賃金に等しい賃金、忙しければ休日も休めない、体調悪くても休めない、仕事がなくなれば簡単に整理解雇。昼食休憩20分、ミスをすると赤いチョッキを着せられ、さらし者にされる… もうガマンできないと、請負会社の労働者138人が労働組合=旭非正規職支会を結成して立ち上がりました。すると職場は一変しました。管理職が小さくなり、労働者は誇りと自信を持って当たり前の要求を口に出すようになります。

 しかし組合結成から1か月後、組合員はメール1本で解雇を通告されます。その後AGCはこの請負会社との契約自体を解除して、請負会社を会社解散に追い込みました。旭非正規職支会組合員の解雇撤回闘争は6年目の冬を迎えています。


☆☆☆違法派遣・偽装請負でもうけたAGC旭硝子☆☆☆

 日本でも、2004年までは工場の製造業務への派遣は禁止されていましたが、韓国ではまだ禁止されています。AGCはそれを百も承知で、偽装請負・違法派遣を続けてきました。旭非正規職支会の登場は、業界世界第一位のグローバル企業たるAGC旭硝子が、投資協定で法外な恩恵を受けながら、韓国で法律を踏みにじり、労働者を不法に搾取して巨利を得ていたことを突き出しました。そこで、AGCは悪事の上塗りで組合つぶしの全員解雇を行ったのです。


 しかし旭非正規職支会の不屈の闘いは、事態を動かします。ついに検察が起訴をしてAGC韓国法人と当時の社長を被告席に立たせたのです。

 そしてさらにこの1月1日からAGC本社の島村琢哉社長が辞任しました。その理由は、「ガバナンス体制の刷新」です。株主総会で質問されても、申入れで本社の責任を問われても、「韓国法人が適切に対応している」「コメントする立場にはない」と言い続けた島村前社長。起訴された韓国法人・原納猛前社長を帰国させ、雲隠れさせた島村前社長。許せません。


 平井新社長は責任を認めて、旭非正規職支会組合員を正社員として職場に戻してください!

AGC(旭硝子・アサヒガラス)とは?

 東京駅丸の内北口向かいの新丸の内ビルに本社を構える世界最大手のガラスメーカー。建築用ガラス、自動車用ガラス、ディスプレイ用ガラスなどエレクトロニクス製品、化学品、セラミックスなどを製造する。1907年創立。三菱グループ。
 世界30カ国、グループ会社213社、従業員5万5千人以上、売上高1兆5千億円以上。グローバル展開を加速するとして社名を旭硝子からAGCに統一。俳優の高橋一生さんを起用してコマーシャルにも力を入れた。
 韓国には2004年にAGCファインテクノコリアという子会社を設立し、慶尚北道亀尾(クミ)市にLCD用ガラス基板製造工場を建設して製造を続ける。「投資協定」によって15年間の地方税免除、工場用地の50年無償貸与を受ける。67%の株をAGCが握り、社長は本社の人事で派遣されている。

旭非正規職支会とは?

 2015年6月に、AGCファインテクノコリア(AFK)亀尾工場で働く、請負会社GTSに雇用された労働者138名で結成された(178名中)。最初の要求はわずかばかりの時給の賃上げと作業服・弁当の改善であった。民主労総金属労組に所属し、支会は日本の支部にあたる。
 結成から1か月後、工場のメンテナンスという理由で休みを指定された日に、全員がメール1本で解雇通知を受ける。その後、6カ月の契約期間を残して、AFKはGTSとの請負契約を解除。GTSは会社解散。不当労働行為の責任追及は困難に。
 現在22名の組合員が継続して職場復帰をかけて闘う。2019年2月に韓国検察庁は不法派遣(派遣勤労者保護などに関する法律違反)の容疑でAFK、AFK社長(当時)、GTS社長(当時)を起訴して、裁判中。正社員としての地位を勝ち取る裁判。

ろう城テント

 旭非正規職支会は、解雇されるとすぐに工場前にテントを作り、ろう城闘争を始めた。市と警察により2016年4月には暴力的に強制撤去を受けるが、さらに強固なろう城場を建設した。このろう城場が支会の拠点となり、5年半の闘いを支えている。朝夕の工場前宣伝戦、地域や全国の闘争現場に連帯に出かけ、毎週水曜日には歌あり、踊りあり、トークありの文化集会が開かれる。現在はコロナウイルス感染拡大で思うように開催できないが、組合員や共闘する労働者・市民の連帯と交流の重要な場になっている。
 日本の旭非正規職支会支援共闘会議は、2回に渡ってろう城テントを訪問し、団結を固めた。(下の写真は2019/11、亀尾市の旭非正規職支会ろう城テント前で)

映画『あなたは蜘蛛を見たことがありますか?』絶賛上映運動展開中!

 旭非正規職支会をはじめ、声をあげ、立ち上がる韓国の非正規労働者の姿を追うドキュメンタリー映画。監督キム・サンぺ氏。支援共闘会議で上映運動を展開中。 問合せ5は旭非正規職支会支援共闘会議まで。

支援共闘会議は旭非正規職支会が職場に戻るまで、AGC本社の責任を追及します!ご支援をお願いします!

①旭非正規職支会支援共闘会議の会員になってください。会費1年2,000円、半年1,000円、3ヵ月500円

②旭非正規職支会へのカンパをお願いします。振込先 郵便口座 00110-7-514943(旭非正規職支会支援共闘会議)

③AGCに電話・メール・手紙・SNSなどで、解雇撤回の要望を届けてください。支援共闘会議宛でもいいです。

旭非正規職支会支援共闘会議

メール asahihiseiki@ybb.ne.jp / TEL  090-9016-0272
※詳しくはブログで。http://asahihiseiki.tokyo/    Facebook 旭非正規職支会支援共闘会議

申入書

2021年1月8日

AGC株式会社

代表取締役 兼 会長  島村 琢哉 様

代表取締役 兼 社長執行役員  平井 良典 様

代表取締役 兼 副社長執行役員  宮地 伸二 様

旭非正規職支会支援共闘会議

議長 山本 弘行

 当会は、貴社に対して、下記の通り申し入れます。2021年1月15日に、当会の代表者が申入れに伺いますので、部屋を確保の上、対応し、話を聞く場を用意してください。

1  貴社は、2020年12月10日の取締役会の決議をもって、代表取締役の異動を決定し、2021年1月1日から島村琢哉氏を代表取締役兼社長執行役員から代表取締役兼会長に、さらに2021年3月30日をもって代表権のない取締役兼会長に退任すると発表するとともに、その理由を「ガバナンス体制の刷新」を目的とすると公表しました。旭非正規職支会に対する違法派遣や不当労働行為の問題、さらにはAGCファインテクノ韓国株式会社(AFK)に対する管理・統制・指導の問題も当然に含まれていると理解していますが、回答願います。

2  グループ会社であるAGCファインテクノ韓国株式会社(AFK)に対して、貴社として、現地・韓国の法律・司法判断に従うように指導してください。また、貴社「サステナビリティ データブック2020」の「人権と労働」にある以下の記載を誠実に実行してください。

『AGCグループは、約30の国・地域で操業しており、現地の労働法規の遵守は・・・企業活動に重要であると認識しています。』

3 2020年11月20日の当会の申入れで、貴社が認めたように、AFKの社長は、貴社の人事で派遣され、就任しています。貴社の、AFKに対する監督責任は、どの程度のものであるのか、AFKの違法行為に対する法的責任は、AGC本社には及ばないのか、見解を示してください。

4 2019年2月15日韓国大邱(テグ)検察庁は、AGCファインテクノ韓国株式会社及び原納猛社長(当時)、請負会社GTSを、「違法派遣」の容疑で起訴しました。現在裁判が進行していますが、原納猛元社長は裁判の出廷を拒否しています。原納猛氏は、AGCファインテクノ韓国株式会社の社長に就任する前は、電子カンパニー技術開発本部本部長を務めていました。貴社本社の人事異動で同社の社長に就任したのであり、貴社には監督責任があります。原納猛氏が裁判に出廷するように、貴社が責任をもって指導してください。

以上

AGC本社に申入れ。本社の責任が明らかに!

 2020年11月20日。旭非正規職支会支援共闘会議はAGC旭硝子本社に対する抗議申入れ行動を行った。この日は、担当者と事前に日程を調整したうえでの申入れ行動となった。旭非正規職支会支援共闘会議は、申入れに対して、きちんと部屋を確保して申し入れを受けるように要請もしていた。しかし、AGCは「部屋は用意できない」と、今回もエントランスホールの片隅での申入れ行動となった。

 この間、旭非正規職支会支援共闘会議は、新型コロナで中止になったものの、3月に鎌倉の島村社長宅周辺のデモを計画しデモ申請もしてきた。178人もの非正規労働者の解雇を強行しながら、要請行動にも門前払い。こんなことをして何の社会的制裁も受けないなんて許せないという思いだ。

 申入れに対するやり取りで、対応した総務部の中村氏は、この申入れに対する対応は、情報を共有したうえでの社長や取締役会の決定事項であることを認めた。また不法派遣(韓国では製造業への派遣は違法)でAFK(アサヒ・ファインテクノ・コリア、AGCの韓国子会社)とともに起訴された原納猛AFK社長(当時)がAGC本社の人事としてAFKの社長に就任していたことも認めた。担当者として、上層部に問題があると伝えていることもわかった。島村社長とAGCの責任は明白になったと言わざるをえない。

 しかし結局、担当者は、「韓国法人が適切に対応している」「AGCとしてコメントすることはできない」とオウムのように繰り返した。悔しい。旭非正規職支会と共に必ずひっくり返す。

 ドキュメンタリー映画『あなたは蜘蛛を見たことがありますか』の宣伝武器を手に入れた。全国で上映運動を広げ、ひとりでもたくさんの人に見てもらいたい。見ればわかる。みなさんの力を集めたい。

 申し入れ後は、東京駅丸の内北口にて、AGC本社を見上げながらの街頭宣伝行動。島村社長よ。聞こえるか!

以下は、申入書と申入れのやり取り

申入書

当会は、貴社に対して、下記の通り申し入れます。2020年11月20日に、当会の代表者が申入れに伺いますので、部屋を確保の上、対応し、話を聞く場を用意してください。

1  現在新型コロナウイルス感染拡大により、旭非正規職支会の来日ができない状況ですが、渡航が可能になった場合に、旭非正規職支会の申入れに対して、貴職を含め責任者が誠意をもって話し合いに臨むようお願いします。

2  2019年8月23日韓国大邱(テグ)地方裁判所は、旭非正規職支会組合員について、貴社グループ会社AGCファインテクノ韓国株式会社の違法派遣を認め、会社側に”雇用の意思を表示せよ”と判決しました。この判決に直ちに従うように、本社がAGCファインテクノ韓国株式会社に指導してください。

2  2019年2月15日韓国大邱(テグ)検察庁は、AGCファインテクノ韓国株式会社及び原納猛社長(当時)、請負会社GTSを、「違法派遣」の容疑で起訴しました。現在裁判が進行していますが、原納猛元社長は裁判の出廷を拒否しています。原納猛氏は、AGCファインテクノ韓国株式会社の社長に就任する前は、電子カンパニー技術開発本部本部長を務めていました。貴社本社の人事異動で同社の社長に就任したのであり、貴社には監督責任があります。原納猛氏が裁判に出廷するように、貴社が責任をもって指導してください。

以上

2020年11月20日16:20頃

AGC本社が30階より上に入っている新丸の内ビルディング(東京駅丸の内北口向かいの38階のビル)の1階エントランスホールにて。

旭非正規職支会支援共闘会議は12名ほどの申入れ団。AGCは総務部総務グループの中村氏他1名。周りを警備員多数が取り囲む状態。

清水事務局長 今日は山本議長が奥さんの具合が悪くなってしまって急に来れなくなってしまったんですけど。山本さんの方から話があったと思うんですけど、場所を作ってもらいたいと要請をしていたと思うんですけど。

総務部・中村 それはできないんですよ。実はね、ちょうどいま、コロナの罹患者が増えているでしょ、ですから本来はお断りしなければいけなかったんです。今日はちょっと無理に、以前にお話をお伺いしたからということで降りてきましたので。はい。

清水 じゃあ、どこで?ここで?

中村 奥へ…

中村 多いですね…

鎌田 十人ちょっと

中村 どうしようかな…あの、密な状態になってしまうので。

清水 じゃあ、密にならないように

中村 はいはい。なるべく邪魔にならないように、お願いします。

清水 (支援共闘会議のみなさんに向けて)部屋はコロナの関係もあって、本当は降りてくるのもはばかられる状況なんだけれども、一応降りてきたということで

中村 (カメラマンに対して)申し訳ないんですけど、もしあれでしたら、出ていただいてもよろしいですか?写真撮影はダメなんです。

清水 撮らなければね?

中村 はい

清水 しょうがないので、こういう形で申入れをします。申入書はすでにお送りしてますよね?

中村 はい、いただいております。

清水 内容的には、変わらないですけど、1項目目として、今韓国から旭支会が来れないですけど、コロナの状況が落ち着いた時には、すぐにでも来日して、また申入れ、話を聞いてもらいたいと考えてますので、その時はきちんと場所を確保して、話を聞く場を作ってくださいと、この申入れ事項を追加しました。今日はしようがないとしても、韓国から当事者が来た時には、ぜひそういうふうにしてもらいたいということなんですけど、これについては?

中村 以前からずっとお話させていただいていることと変わりはないんですけど、我々としては、AGCとしては、話をお伺いしてコメントするということはないので、お会いするということもですね、本来はお断りするということなんですが、今までもですね、来ていただいたりとかそういうこともあったので、私が降りてきて、お話をお伺いしてますけども。ですからすべてお約束できるということではないんですね。

清水 約束はできないけども、今までとは違う検討もするということ?

中村 違う検討はできないですね

清水 それはできないということなんですか?

中村 はい

清水 二つ目なんですが、不法派遣の件ですね。一審の判決がありました。それはご存じですよね?

中村 はい。聞いております。

清水 地位確認の方も一審で勝訴されて、いくばくかの給与が振込で支払われていると、それもご存じですよね?

中村 はい。

清水 雇用関係が裁判でも認められたという理解はされているんですよね?

中村 裁判ではそういうふうなことは聞いておりますけど。

清水 であれば、それは本社として、コンプライアンスの問題としても、ちゃんとしなさいよという指導は、AFKに対してするべきではないんでしょうかね?

中村 そこはですね、韓国側で係争中ということも続いているということがありますので、そこは韓国の会社の問題ということで、我々としてはコメントすることはできないです。

清水 最終的な確定がするまでは…

中村 きちんと韓国の方で対応しているというふうに聞いておりますので。AGCとしてはこの場でコメントすることはないということです。

清水 そこのところが、判決も出ているんだし、コンプライアンスの問題としても、本社が指導すべきではないですかという申入れなんですよ

中村 お話は承りました。

清水 それは本社では議論されていないんですか?

中村 何度も申し上げているんですけど、AGCとしてコメントする立場にはないというのは会社の回答ですので。

原  なんでそういうんですかね?AGCがちゃんと指導すれば、裁判の判決を待つまでもなく、彼らが戻れる可能性があるわけじゃないですか。それをやらないでね、向こうの判断待ちといっているのは…

中村 韓国の方できちんと対応していると聞いていますので。

原 韓国の方、って何ですか?

中村 関係会社のことですね、グループ会社

原  …

中村 最初来ていただいた時からお話させていただいている通りですね、そこは我々としては変わっていないんですよ

清水 最初来たときはまだ裁判の判決も出てなかったですし、今は地位確認の一審の判決も出ていますし、実際にAFKから給与が振り込まれているという状況の変化があるわけですよね?その判決を受けて、対応は変わらないという決定を本社として決定する場があったんですか?

中村 そうではなく、色々申入書いただいていますよね、そういったことはすべて共有はしておりますので、そのうえで、AGCの回答は変わっていないということです。

清水 全然じゃあ判決が新しく出ても、見直しをする、しないも含めて、議論はしていないと?

中村 まだ係争中と聞いておりますので。

清水 じゃあ三つ目ですけども。

中村 はい

清水 当時AFKの社長であった原納たけしさんが違法派遣の容疑で被告になっていると思うんですよね?

中村 はい

清水 出廷をされていないというのはご存じ?

中村 聞いていますね

清水 これは子会社の社長として起訴されたわけですし、出廷する義務はあるのではないでしょうかね?

中村 そこのところもAGCとしては、コメントを差し控えたいと思います

清水 コメントを差し控えるって…。義務はありますよね?

中村 申し訳ありません。原納の住所を教えてほしいだとか…

清水 それはいいですよ。とりあえずそこまでは言わないけれども、まず出廷する義務はありますよね?

中村 そこは韓国側が判断すること

清水 韓国側が判断することなんですか?

中村 はい。AGCとしてではない。

清水 だってもう今、韓国にはいないですよね?

中村 ただその、韓国の会社が裁判になっていますので、AGCとしてではなく、韓国として判断していることなので…

清水 AFKの判断で、原納さんは出なくていいと?

中村 いや、それはわかりませんよ。それはわからないですけども…

清水 適切に対応していないですよね?

中村 適切か、適切でないかというのは、我々は韓国の会社から適切に対応していると聞いております…

清水 だから適切に対応していないですよねって聞いているんです

中村 適切か適切でないかわかりませんけども…

清水 だから申入れしているんですよ

中村 ですけどもAGCとしては、それに対して回答できません。

清水 それは、適切に対応していると聞いていますって話でしょ?さっきから言っているのは?だけど適切に対応していないから指導してくださいって話をしているわけですよね?

中村 それはAGCとしてはお受けすることはできませんってことですよね

清水 それはだからおかしいんじゃないですかって話をしているわけですよね?

中村 そこはあれですけど…。AGCとしては回答することはできないということです。

清水 だけど適切ではないですよね?これは?誰が見ても。常識的に。

中村 そこは…答えようがありませんけども。

清水 いやいや、それは答えようがあるでしょ?だって、被告で出る…

中村 我々が何か回答することではないので。

清水 だって、AFKの前は、電子カンパニー技術開発本部の本部長だったわけですよね?

中村 はい

清水 だから本社の人事として、子会社の社長に就任したわけですよね?それは間違いないですよね?

中村 そうですね、はい。

清水 であれば、関係ないって言えないですよね?適切な対応をしていなければ指導をしなければいけないですよね?

中村 AGCとしては、この件に関しては関与できないというのが回答になりますので。

清水 できないというのはどういう?

中村 回答する立場にはないということです

清水 立場にあるでしょ?さっき言った回答と矛盾しているでしょ?だって人事で社長行っているわけだがら。

中村 ずっと申し上げているんですけども、韓国のAFKというところで適切に対応していると聞いていますので。

清水 適切に対応していないという話なんですよ

中村 なので申入れに関してはお受けできないというのが回答です。

清水 それは本社として、全部AFKの問題であるということで、どんなに問題があろうとも、それは本社は何のコメントもしないし、指導もしないし、という立場なんですか?

中村 はい

〇〇 …社会的責任って何なんですか?

中村 そこは変わっていませんので。

清水 こういう申入れがあって、これはまずいと…個人的な話を聞きますよ?中村さん、まずいと思いません?

中村 個人的な意見はちょっと申し上げられないんですけど…

清水 まぁね。だって担当者がね、まず申入れ聞いて、話聞いて、答えるのに困ったよと、いう話があるわけじゃないですか?

中村 ただ会社として、この場に来させてもらっていますので、会社としての回答しか申し上げることはできないんです。

清水 だからね、会社の対応がそうしろというのはわかりましたけども、このままこの対応を続けるというのは、社会的にも、常識的にも、ちょっとまずいんじゃないですかという話はしてくれているんですかね?

中村 しております。いつもいただいているお話は会社の中で共有しておりますので。はい。

清水 でも会社として、それに対しては、一切対応するなと。

中村 対応するなということではなく、AGCとしては何ら回答することはできませんということです。

清水 それは総務部をこえて、社長にも、取締役会でも共有されていると。それについては対応はしないという話になっているわけですか?

中村 そうです。

鎌田 現に今、AFKとして、解雇された当該に…

中村 ごめんなさい。本当にちょっと時間が…

清水 これだけ。

鎌田 給料出しているんですよね

中村 はい。

鎌田 これは雇用関係がハッキリしているということを前提にして行われているということだと思うんですよ

中村 AFKの判断によって、していることでしょうから。

鎌田 だからAFKの判断としても、解雇した労働者に自分たちが責任を負っている立場を今明確にしているんですよ。

中村 そのことに関して、AGCとしては回答することはできませんと。

鎌田 そのことも、ですか?

中村 はい。すべて含めてです。

鎌田 現に…

中村 本当にすみませんけども。ちょっと人数が多いです。多いですね。今後気を付けていただきたいと思います。失礼します。

AGC 본사에 신청.본사의 책임이 명백해!

2020년 11월 20일. 아사히 비정규직 지회 지원 공투회의는 AGC 아사히글라스 본사에 대한 항의 신청을 했다.이 날은 담당자와 사전에 일정을 조정한 후에 신청하는 행동이 되었다.아사히비정규직지회 지원공투회의는 신청에 대해 제대로 방을 확보해 신청해 달라는 요청도 했다.그러나, AGC는 「방을 준비할 수 없다」라고, 이번에도 현관 홀의 한쪽에서 신청 행동을 했다.

 얼마 전 아사히 비정규직 지회 지원 공투회의는 신형 코로나로 중지되었지만 3월에 가마쿠라의 시마무라 사장 자택 주변의 데모를 계획하고 데모 신청도 했다.178명이나 되는 비정규직 해고를 강행하면서 요청 행동도 문전박대.이러고 아무 사회적 제재도 받지 않는다니 용서할 수 없다는 생각이다.

 신청에 대한 교환으로, 대응한 총무부의 나카무라씨는, 이 신청에 대한 대응은, 정보를 공유한 후의 사장이나 이사회의 결정 사항인 것을 인정했다.또 불법 파견(한국에서는 제조업에의 파견은 위법)으로 AFK(아사히·파인 테크노·코리아, AGC의 한국 자회사)와 함께 기소된 하라노 타케시 AFK 사장(당시 )이 AGC 본사의 인사로서 AFK의 사장으로 취임하고 있던 것도 인정했다.상부에 문제가 있다는 것을 담당자로서 전달했다는 것도 알았다.시마무라 사장과 AGC의 책임은 명백해졌다고 말하지 않을 수 없다.

 그러나 결국 담당자는 한국법인이 적절하게 대응하고 있다 AGC가 코멘트할 수 없다는 앵무새처럼 되뇌었다.아사히 비정규직 지회와 함께 반드시 뒤집는다.

 다큐멘터리 영화 당신은 거미를 본 적이 있습니까의 선전무기를 손에 넣었다.전국에서 상영운동을 펼쳐 한 사람이라도 더 봤으면 좋겠다.보면 알 수 있다. 여러분의 힘을 모으고 싶다.

 신청 후에는, 도쿄역 마루노우치 북쪽 출구에서, AGC 본사를 바라보면서의 가두 선전 행동.시마무라 사장님, 들리니?

신청서  요청 행동의 교환

신청서

당회는 귀사에 대하여 아래와 같이 신청합니다.2020년 11월 20일에 당회 대표가 신청하기 때문에 방을 확보한 후 대응하고 이야기를 듣는 자리를 준비하십시오.


1 현재 신형 코로나바이러스 감염확대에 의해 아사히비정규직지회 방문을 할 수 없는 상황입니다만, 도항이 가능하게 되었을 경우에 아사히비정규직지회 신청에 대해 귀직을 포함한 책임자가 성의를 갖고 논의에 임하도록 부탁드립니다.

2 2019년 8월 23일 한국 대구지방법원은 아사히 비정규직 지회 조합원에게 귀사 그룹사인 AGC 파인테크노 한국주식회사의 불법파견을 인정하고 사측에 “고용 의사를 표시하라”고 판결하였습니다.이 판결을 즉시 따르도록 본사가 AGC 파인테크노 한국 주식회사에 지도해 주세요.

3 2019년 2월 15일 대한민국 대구검찰청은 AGC 파인테크노 한국주식회사 및 하라노 다케시 사장(당시), 청부업체 GTS를 ‘불법파견’ 혐의로 기소했습니다.현재 재판이 진행되고 있지만, 하라노 다케시 전 사장은 재판 출정을 거부하고 있습니다.하라노 다케시 씨는 AGC 파인테크노한국주식회사 사장으로 취임하기 전에는 전자컴퍼니 기술개발본부 본부장을 지냈습니다.귀사는 본사의 인사이동으로 이 회사의 사장에 취임한 것이며, 귀사는 감독책임이 있습니다.하라노 다케시 씨가 재판에 출정할 수 있도록 귀사가 책임지고 지도해 주십시오.

2020년 11월 20일 16:20 경

AGC 본사가 30층보다 위에 들어가 있는 신마루노우치 빌딩(도쿄역 마루노우치 북쪽 출입구 건너편의 38층의 빌딩)의 1층 엔트런스 홀에서.

아사히 비정규직 지회 지원 공투 회의는 12명 정도의 신청단.AGC는 총무부 총무그룹의 나카무라씨 외 1명. 주위를 경비원 다수가 에워싼 상태.

시미즈 오늘은 야마모토 의장이 부인의 상태가 나빠져 버려 갑자기 올 수 없게 되어 버렸습니다.야마모토 씨 쪽에서 이야기가 있었다고 생각합니다만, 장소를 만들어 달라고 요청을 하고 있었다고 생각합니다만.

나카무라 그건 안 되거든요.실은 말이죠, 지금 코로나 이환자가 증가하고 있지요, 그래서 본래는 거절하지 않으면 안 되었던 거예요.오늘은 좀 무리하게 이전에 이야기를 들었기 때문에 내려왔으니까요. 네.

시미즈 그럼 어디서?여기서?

나카무라 오쿠에게…

나카무라 많네요..

카마타 10명 조금

나카무라 어떻게 하지… 저, 조밀한 상태가 되어 버리거든요.

시미즈 그럼 비밀스러워지지 않도록

나카무라 네네. 가능한 한 방해가 되지 않도록 부탁드립니다.

시미즈(지원공투회의 여러분을 향해) 방은 코로나와의 관계도 있어서, 사실은 내려오는 것도 꺼려지는 상황이지만, 일단 내려왔다고 해서

나카무라(카메라맨에게) 죄송합니다만, 혹시 그렇다면 나가주실 수 있으십니까?사진 촬영은 안 돼요.

시미즈 찍어야죠?

나카무라네

시미즈 어쩔 수 없기 때문에, 이런 형태로 신청을 합니다.신청서 이미 보내셨죠?

나카무라 네, 잘 받았습니다.

시미즈 내용적으로는 변하지 않습니다만, 첫 번째로 지금 한국에서 아사히 지회가 오지 않습니다만, 코로나의 상황이 안정되었을 때에는 당장이라도 일본에 와서 다시 신청하고 이야기를 들어 주었으면 하고 있기 때문에, 그 때는 제대로 장소를 확보하여 이야기를 듣는 장소를 만들어 달라고 이 신청 사항을 추가했습니다.오늘은 어쩔 수 없다고 해도, 한국에서 당사자가 왔을 때에는, 꼭 그런 식으로 해 주었으면 좋겠다고 합니다만, 이것에 대해서는?

나카무라 이전부터 쭉 이야기해 주고 있는 것과 다르지 않습니다만, 저희로서는, AGC로서는, 이야기를 듣고 코멘트하는 것은 아니기 때문에, 만난다는 것도 말이죠, 본래는 거절하는 것이지만, 지금까지도요, 왔다 갔다 하는 것도 있었으므로, 제가 내려와서, 이야기를 듣고 있습니다만. 그러니까 모두 약속할 수 있는 것은 아니군요.

시미즈 약속은 할 수 없지만, 지금까지와는 다른 검토도 한다는 거야?

나카무라 다른 검토는 할 수 없네요

시미즈 그건 안 된다는 건가요?

나카무라네

시미즈 두 번째입니다만, 불법파견 건이군요.일심 판결이 있었습니다.그거 아시죠?

나카무라 네, 듣고 있습니다.

시미즈 지위 확인 분도 1심에서 승소하여 얼마간의 급여가 송금으로 지불되고 있다고, 그것도 알고 계시죠?

나카무라네

시미즈 고용 관계가 재판에서도 인정을 받았다는 이해는 되고 있는 거죠?

나카무라 재판에서는 그런 식의 이야기는 들었습니다만.

시미즈라면, 그것은 본사로서 컴플리언스의 문제로서도, 제대로 하라는 지도는, AFK에 대해서 해야 하는 것이 아닐까요?

나카무라 거기는요, 한국 측에 분쟁 중인 것도 계속되고 있기 때문에, 거기는 한국 회사의 문제이기 때문에, 저희로서는 코멘트할 수 없습니다.

시미즈 최종적인 확정이 될 때까지는…

나카무라 제대로 한국 쪽에서 대응을 하고 있다는 식으로 듣고 있기 때문입니다.AGC로서는 이 자리에서 코멘트할 게 없다는 겁니다.

시미즈 지역 부분이 판결도 나와 있고, 법령 준수의 문제로서도 본사가 지도해야 하지 않을까 하는 신청입니다.

나카무라 말씀은 들었습니다.

시미즈 그것은 본사에서는 논의되고 있지 않습니까?

나카무라 몇 번이나 말씀 드렸습니다만, AGC로서 코멘트할 입장이 아니라는 것은 회사의 회답이기 때문입니다.

하라 왜 그럴까요?AGC가 제대로 지도하면 재판의 판결을 기다릴 것도 없이 그들이 돌아갈 가능성이 있지 않습니까.그걸 하지 말아요, 저쪽의 판단 대기라고 하는 건…

나카무라 한국 쪽에서 제대로 대응을 하고 있는 것으로 알고 있기 때문입니다.

원한국분이 뭡니까?

나카무라 관계회사를 말씀하시는 거죠? 그룹회사

하라..

나카무라 처음 오셨을 때부터 말씀 드린 대로군요, 거기는 저희로서는 변한 게 없어요.

시미즈 처음 왔을 때는 아직 재판 판결도 나오지 않았고, 지금은 지위 확인 1심 판결도 나와 있고, 실제로 AFK에서 급여가 입금되고 있는 상황 변화가 있는 것이군요?그 판결을 받고, 대응은 변하지 않는다는 결정을 본사로 결정하는 자리가 있었습니까?

나카무라 그게 아니라 여러 가지 신청서를 받고 있지요, 그런 것은 모두 공유하고 있기 때문에, 게다가 AGC의 답변은 변하지 않았다는 것입니다.

시미즈 전혀 그럼 판결이 새롭게 나와도 재검토를 한다, 안 한다를 포함해 논의는 하고 있지 않다고?

나카무라 아직 계류 중인 것으로 알고 있습니다.

시미즈 그럼 세 번째인데요?

나카무라네

시미즈 당시 AFK의 사장이었던 하라노 다케시 씨가 불법 파견 혐의로 피고가 되어 있다고 생각하는 거죠?

나카무라네

시미즈 출정을 하지 않으셨다는 건 알고 계세요?

나카무라 듣고 계시네요

시미즈 이것은 자회사의 사장으로서 기소된 것이고, 출정할 의무는 있는 것이 아닐까요?

나카무라 그곳도 AGC로서는 코멘트를 자제하고 싶다고 생각합니다.

시미즈 코멘트를 삼가겠다고…의무는 있죠?

나카무라 죄송합니다.원납 주소를 알려달라고 하던데..

시미즈 그것은 좋습니다. 일단 거기까지는 말하지 않을 것이지만, 먼저 법정 출두할 의무는 있지요?

나카무라 거기는 한국측이 판단할 것

시미즈 한국측이 판단할 일입니까?

나카무라 네, AGC가 아니다.

시미즈도 이제 한국에 없겠죠?

나카무라 단지 그, 한국 회사가 재판을 진행하고 있기 때문에, AGC가 아니라, 한국으로서 판단하고 있는 것이므로…

시미즈 AFK의 판단으로, 하라노 씨는 나오지 않아도 된다고?

나카무라 아니, 그건 모르겠어요.그건 모르겠지만..

시미즈 적절하게 대응하고 있지 않지요?

나카무라 적절하냐, 적절하지 않느냐는 것은, 우리들은 한국 회사로부터 적절히 대응하고 있는 것으로 알고 있습니다…

시미즈라서 적절히 대응하지 않는군요라고 들었습니다

나카무라 적절할지 적절하지 않을지는 모르겠습니다만…

시미즈라서 신청하는 거예요

나카무라입니다만, AGC에서는 그에 대해 답변을 드릴 수 없습니다.

시미즈 그것은 적절한 대응을 하고 있는 것으로 알고 있다는 이야기죠?아까부터 말하는 것은? 그렇지만 적절히 대응하고 있지 않기 때문에 지도해 주십시오라는 이야기를 하고 있는 것이군요?

나카무라 그건 AGC로서는 받아들일 수 없다는 말씀이시죠?

시미즈 그건 그러니까 이상하지 않을까 하는 이야기를 하고 있는 거죠?

나카무라 거기는 그건데요.AGC로서는 답변해 드릴 수 없다는 것입니다.

맑은데 적절하진 않죠?이건? 누가 봐도.상식적으로

나카무라 거기는… 대답할 방법이 없는데요.

시미즈 아니, 그건 대답할 방법이 있겠죠?왜냐면 피고로 나오는..

나카무라 저희가 뭐라도 회답할 게 아니라서요.

시미즈 역시 AFK 이전에는 전자 컴퍼니 기술개발 본부의 본부장이었던 것이군요?

나카무라네

시미즈이기 때문에 본사의 인사로 자회사의 사장으로 취임한 것이지요?그건 틀림없죠?

나카무라 글쎄요, 네.

시미즈라면 상관없다고 말할 수 없겠죠?적절한 대응을 하고 있지 않으면 지도를 하지 않으면 안 되는 것이지요?

나카무라 AGC로서는 이 건에 관해서는 관여할 수 없다는 것이 답변이 되었기 때문입니다.

시미즈 할 수 없다는 건 어떤 거야?

나카무라 회답할 위치에 있지 않다는 것입니다

시미즈 입장에 있지 않습니까?아까 말한 답변과 모순되지?왜냐면 인사 때문에 사장 가 있는 거니까.

나카무라 계속 말씀드리고 있습니다만, 한국의 AFK라는 곳에서 적절하게 대응하고 있는 것으로 알고 있습니다.

시미즈 적절하게 대응하고 있지 않다는 얘기예요

나카무라이기 때문에 신청에 관해서는 받을 수 없다는 것이 회답입니다.

시미즈 그것은 본사로서 전부 AFK의 문제인 것으로, 아무리 문제가 있어도, 그것은 본사는 아무런 코멘트도 하지 않고, 지도도 하지 않는다, 라는 입장입니까?

나카무라네

OO… 사회적 책임이 뭐예요?

나카무라 거기는 안 변했으니까요.

시미즈 이런 제의가 들어오고, 이거 곤란하다고… 개인적인 얘기 좀 듣겠습니다만?나카무라 씨, 맛이 없다고 생각하지 않으세요?

나카무라 개인적인 의견은 좀 말씀드릴 수 없습니다만…

시미즈 뭐, 왜냐하면 담당자가 먼저 신청 듣고, 이야기 듣고, 대답하는데 곤란했다는 이야기가 있는 것은 아닙니까?

나카무라 단지 회사 차원에서 이 자리에 와주었기 때문에, 회사 차원의 답변 밖에 말씀드릴 수 없습니다.

시미즈이니까 말입니다, 회사의 대응이 그렇게 하라는 것은 이해했지만, 이대로 이대로 대응을 계속한다는 것은 사회적으로도 상식적으로도 좀 좋지 않은 것이 아닐까 하는 이야기는 해주고 있는 것입니까?

나카무라라고 합니다.항상 하시는 말씀은 회사 안에서 공유하고 있으니까요. 네.

시미즈에서도 회사 차원에서 그에 대해서는 일절 대응하지 말라고.

나카무라 대응하지 말라는 것은 아니며, AGC에서는 아무런 답변을 할 수 없다는 것입니다.

시미즈 그것은 총무부를 넘어 사장에게도 이사회에서도 공유되고 있다고.그 문제에 대해서는 대응을 하지 않는다는 이야기가 되어 있는 것입니까?

나카무라라고 합니다.

카마타 실제로 지금 AFK로서 해고된 해당에게…

나카무라 미안해요.정말 시간이 좀…

시미즈 이것뿐.

카마타 급료를 내고 계시죠?

나카무라네

카마타 이건 고용관계가 확실하다는 걸 전제로 하는 거라고 생각해요

나카무라 AFK의 판단에 의해서, 하고 있는 것일 테니까요.

가마타 그래서 AFK의 판단으로도 해고한 노동자에게 자신들이 책임을 지고 있는 입장을 지금 명확하게 하고 있어요.

나카무라 그 문제에 대해 AGC에서는 답변을 할 수 없다고 합니다.

카마타 그것도요?

나카무라 네. 모두 포함입니다.

카마타 실제로…

나카무라 정말 죄송한데요.좀 인원이 많아요.많네요. 앞으로 조심하셨으면 좋겠습니다.지나가겠습니다.

活動再開!9月11日AGC本社前へ!

新型コロナウイルス感染拡大で、国際連帯闘争はひとつの試練を迎えています。

しかし、それは裏返せば、本物の国際連帯を打ち立てるチャンスでもあります。

お互いの行き来ができませんが、韓国の仲間の勝利が、日本の私たちの勝利であるという強い連帯感を育てなければなりません。

2020年9月11日金曜日、AGC本社への申入れと抗議行動を再開します。

みなさんの結集を呼びかけます。

■2020年9月11日㈮15:30東京駅丸の内北口(改札外)集合。

■AGC本社への申入れ行動と東京駅丸の内北口宣伝行動を行います。

コロナ時代に連帯と団結を

非正規職撤廃へ闘争5年!

AGC(旭硝子)は韓国旭支会の解雇撤回しろ!

「非正規職は正規職とあらゆるものが違った。正規職と作業服が違った。社員証も違った。正規職は社員証だが、非正規職は出入証だった。工場に入っていくことができるよう車に貼る車両ステッカーの色も違った。まったく同じものがなかった。…下請け会社GTSは毎年最低賃金しか払わなかった。支給された作業服は汗が吸収されないナイロン製の安物だった。管理者はわれわれに対し人間的に接することはしなかった。ちょっと間違っても懲罰の赤いチョッキを着せた。小さな問題も始末書を書かせた。現場で労働者の不満が充満していた。」

 これは韓国・亀尾(クミ)市にあるAGC(旭硝子)の工場で働いてきた請負労働者の話です。彼らは、2015年6月、ついに労働組合を結成しました。「旭非正規職支会」です。

 工場の力関係が一変しました。請負労働者が団結して職場でスローガンを叫び、もはや管理職は何も言えなくなりました。しかしその1か月後、AGCは組合員138人全員を解雇しました。メンテナンス工事だと全員を休ませ、その日にメール1本で解雇したのです。

 解雇から5年余り。現在も22名が、工場前のろう城場を守りながら、職場復帰まで闘うとがんばっています。7月10日には、解雇から5周年を記念する大集会を工場前で開きました。

 新型コロナウイルスの感染拡大が世界中で広がっています。世界経済は恐慌の深刻化を不可避としています。労働者が、団結と労働組合を取り戻さないと生きていけない時代が始まっています。勝利のカギは、非正規職撤廃。労働者階級の未来をかけた旭非正規職支会の闘いを支援し連帯しましょう!

映画「あなたは蜘蛛を見たことがありますか?」上映決定

(2020年11月15日(日)18:30開場 亀戸文化ホール)

 韓国では、日本以上に、非正規労働者の命が軽く扱われている。旭非正規職支会は自分たちが正規職として職場に戻るために闘うだけでなく、地域や産別の非正規労働者の闘いに体をはって連帯する。2018年末、泰安(テアン)火力発電所で働いていた24歳の青年キム・ヨンギュンさんがむごたらしい労災事故で亡くなった。悲嘆にくれ、立ち上がる母親。映画は、最後に労災死亡者の名簿を映し出す。キム・ヨンギュンさんの死以降に亡くなった1000をこえる名前。「キム・ヨンギュン」からズームバックするとそれはまるで蜘蛛の巣のようだ。映画は問いかける。小さな1人1人の労働者が、どのような思いで闘っているか、あなたは知っていますか?

旭闘争5周年!決意大会が盛大に!

2020年7月10日、不当解雇から5周年を期して、AGC亀尾(クミ)工場前のろう城場にて「非正規職撤廃、不法派遣粉砕、旭闘争5周年金属労組決意大会」が開かれた。日本の旭非正規職支会支援共闘会議からもメッセージを送付して連帯した。韓国から届いた記事を転載する。

▲金属労組が7月10日午後、慶北・亀尾のAGCファインテクノ韓国(旭硝子)工場前で「非正規職撤廃、不法派遣撲殺 旭闘争5周年 金属労組決意大会」を開いて、旭硝子による詐取の不法解雇と不法派遣を糾弾している。クミ=변백선 ピョンベクソン

http://www.ilabor.org/news/articleView.html?idxno=7558  (金属労組ニュース 2020.7.12)

金属の旗を掲げ、旭工場に堂々と戻る

10日、旭非正規職闘争5周年金属労組決意大会…労組、”現場復帰これ以上遅くならずに力を集める”

 「労働組合の旗を掲げ、現場に戻ろう」「不法派遣、旭硝子は今すぐ直接雇用しろ」  金属労組が7月10日午後慶北亀尾AGCファインテクノ韓国(旧旭硝子ファインテクノ韓国・以下旭硝子)工場前で、「非正規職撤廃、不法派遣粉砕、旭闘争5周年金属労組決意大会」を開いた。大会に参加した労働者たちは声を一つに旭硝子の不当解雇と不法派遣の犯罪を糾弾した。

▲労働・市民社会団体が7月10日午後、慶北・亀尾のAGCファインテクノ韓国(旭硝子)工場前で「非正規職撤廃、不法派遣撲殺 旭闘争5周年 金属労組決意大会」終了後旭非正規職支闘争を応援しようと、「旭闘争5年必ず勝利しよう!」という横断幕を広げて写真撮影をしているクミ=변백선 ピョンベクソン

 

▲ キムホギュ金属労組委員長が7月10日、「非正規職撤廃、不法派遣撲殺 旭闘争5周年 金属労組決意大会」で大会挨拶をしているクミ=변백선 ピョンベクソン

 キムホギュ金属労組委員長は大会挨拶で「旭硝子労働者たちが職場から追い出されて5年だ。」「早くに現場に戻らなければならないにもかかわらず非常に遅くなっている」と無念さを表した。

 労組亀尾支部旭非正規職支会組合員たちは旭硝子社内下請け会社で働き、2015年6月30日メールで解雇を通告された。

 キムホギュ労組委員長は「旭硝子労働者たちが亀尾工団アスファルトに撒いた花の種が旭硝子工場の中へ飛んでいき、野の花としてパッと咲かせなければならない時」「6年目に入った旭闘争の月日がこれ以上遅れないよう金属労組がしっかり力を集める」と約束した。

▲金属労組が7月10日午後、慶北・亀尾のAGCファインテクノ韓国(旭硝子)工場前で「非正規職撤廃、不法派遣撲殺 旭闘争5周年 金属労組決意大会」を開いて、旭硝子による詐取の不法解雇と不法派遣を糾弾している。クミ=변백선 ピョンベクソン

 支会によれば、2015年解雇当時旭硝子に3つの社内下請け会社があった。この中でGTS労働者たちが2015年5月29日労組を結成した。元請けは6月GTSと請負契約を解消した。GTSで働いていた社内下請け労働者178名はある日突然職を失った。請負契約はその年の12月20日までだった。

 元請けは契約が6か月余り残った状況で突然GTSと契約を断った。労働組合ができてからひと月後に起こったことだ。支会は、「労組破壊の目的で下請け契約を解除した明白な不当労働行為」だと説明した。

▲チャホノ旭非正規職支会長

 チャホノ支会長は「ガラスをつくる工場ということで特殊手袋をはめなければならない。ガラス生産で世界で指折りの旭硝子が安全装備の手袋さえ非正規職労働者に対しては差別的に支給した」といい、「正規職が使って捨てた手袋をゴミ箱から拾って使うなど、これは本当におかしいと思い労働組合をつくった」と話した。

 支会は現在社側の不当労働行為・不法派遣などについて、法廷闘争を行っている。不当労働行為は最高裁に、不法派遣は高裁に係留中だ。支会の「労組破壊のための会社契約解除」の主張を1、2審裁判所は証拠不十分だと判断した。不法派遣(勤労者地位確認訴訟)は、昨年8月1審大邱地裁金泉支院が支会の手をあげた。

 この日決意大会には金属労組非正規職事業場と慶州・亀尾・浦項支部拡大幹部たちが参加し、旭非正規職支会組合員たちと共に行動した。

 チェジェソ金属労組慶州支部長は、「同じ金属労組であり慶北地域同志として、旭労働者たちの苦闘を取り除く闘いに最後まで共に闘う」と約束した。

 ファンウチャン労組浦項支部長は「今日ここに集まった同志たちの怒りを集めて金属労組全体の闘いで闘争をつくりだして行こう」と声を高めた。

▲金属労組の現場律動隊が、律動公演を初披露している。 구미=변백선

▲旭闘争5周年金属労組決意大会を開催した中央に大会参加労働者たちが旭非正規職支会と一緒にやろうという気持ちを伝える花の植木鉢を籠城テント前に並べている。구미=변백선
▲大会参加者たちが旭非正規職支会を応援しようとチャホノ支会長に闘争基金を渡している。
구미=변백선

http://nht.jinbo.net/bbs/board.php?bo_table=online1&wr_id=655

(ペエジュ 労働解放闘争連帯(準)2020.7.14)

”旭闘争5年休まず、精一杯闘い抜いて来た”

 亀尾旭非正規職支会闘争5年、金属労組決意大会が開かれた7月10日、故ムンジュンウォン烈士の遺族がその集会に参加した。ニュースではパクウォンスン市長焼香所がソウル市庁前に設置されるという放送が流れて来た。集会参加者たちは去る2月韓国馬事会の弾圧に抵抗したムンジュンウォン烈士のソウル光化門市民焼香所をソウル市が公権力で踏みにじったことを思い起こさせた。

 烈士の遺族は悪夢のような記憶に表現できな苦痛を抑えなければならないところ、旭非正規職支会集会参加を躊躇することなく、怒りと闘争で非正規職撤廃を共に叫んだ。このように5年を駆け抜けて来た非正規職労働者たちの闘いは、決然とした団結と連帯の中心にある。

 金属労働者たち、あちこちで闘う労働者たち、病院労働者とトルゲート労働者たち、連帯する市民、映像を取る労働者、ヘチャン僧侶、別の世の中を夢見るご飯車’おひつ’など、500名が集まった。労組をつくったからとメールで解雇を通告されて5年、旭非正規職労働者たちの闘争の5年間は、大会名そのまま「休みなく精一杯闘って」来た時間だった。休みなく連帯し、休みなく団結した。だからあちこちで闘う労働者たちが朝まで降り注ぐ暴雨にも関係なく闘って来た。

 燕尾服を来た亀尾市立合唱団労働組合幹部たちの事前公演で集会が始まった。参加単位の紹介は金属労組地域支部の場合、支会事業場を省略し紹介したにもかかわらず4ページを超えた。それでも司会者が抜かした単位2か所は別に紹介しなければならなかった。事業場の数字で言えばそこそこの規模の地域集会より多かった。旭同志たちが満5年を休まず連帯闘争をしただけに集会参加者たちも様々で多かった。そして真剣だった。

 事実先ず到着したのは人ではなく’植物’だった。集会前に旭非正規職支会が闘争5周年籠城場を飾るプログラムとして植木鉢を送ってほしいというポスターを出した。連帯する数百の気持ちが集まり、旭労働者たちが作った植木鉢置き場を一瞬のうちにぎっしり埋め尽くした。集会に直接持ってきた植木鉢は、置き場がなく歩道に置かれた。そうして300余個の植木鉢が新たに籠城場に合流した。闘争基金の通帳も満たされたという。そして闘争基金を手渡す集会プログラムの時同志たちは列を作った。

 旭非正規職同志たちが作った歌が、旭工場の前に響き渡り、金属労組の律動隊同志たちが文宣【訳注:読み「ムンソン」:「文芸宣伝」の略。律動。】を行った。多くの同志たちがマイクを握り、率直な連帯発言を続けた。文化労働者は熱の入った歌を歌った。連帯したヘチャン僧侶が旭闘争支持に加え、労使政野合を廃棄しようという主張も拍手を受けた。労使政野合廃棄、キムミョンファン辞退を訴えるプラカードが自然だった。集会を終え、同志たちのために食事を準備したご飯車は、ごはん一粒まで誠意を込めた。

 旭集会に行くために徹夜仕事を終え、2時間ほど眠り参加した労働者、月次有給休暇を使って来た労働者、自分のことで精一杯の闘争にもかかわらず旭闘争は必ず来なければと参加した労働者、何日も準備したことと努力を惜しまなかった労働者…不思議と集会に参加したすべての人たちの顔に笑みがあった。メールで解雇され、満5年街頭にあってもあちこちで労働者が倒れても、力を集め闘っても不十分な状況で、民主労総委員長が労使政野合まで企む状況にも、人々の顔には笑みが広がった。これが’旭同志たちの力’だと思った。

 下請けには、硝子作業用手袋も与えない現実、正規職がごみ箱に捨てた手袋を拾って使わなければならない非正規職の切ない思いをしたことのない人はわからない。労組活動を行ったからとメールで解雇されて以降5年の歳月を過ごしたことがない人にはわからない。しかし誰よりも旭非正規職支会同志たちが笑っていた。チャホノ支会長は、「満5年を闘うとは思わなかった。われわれはよくがまんし、折れることなく野の花として根を張った。これから進んで行く道は遠い」と言った。旭非正規職同志たちの毅然とした態度が数百名の労働者の中に、数百個の花植木鉢の中に輝いた。

 毎日、毎週討論し自分たちと違う労働者の闘いを見て何をするのか討論し、また振り返り何をどうしていくのか討論しながら続けて来た満5年には誰よりも勤勉で率先垂範する連帯と団結、同志愛がしっかり詰まっている。旭非正規職5年の闘争には生きている連帯があり、烈士の精神があり、民主労組の精神と原則がある。5周年決意大会で再び感じ学んだ。労働者は一つだ!非正規職撤廃しよう!民主労組死守しよう!力強く闘って来ただけに、これまでの5年を超えてどこへどのように進んで行くのかを旭同志たちが示している。

コロナ事態下の非正規職共同闘争

(雑誌『序局』第24号に掲載されたチャ・ホノ支会長の投稿文)

民主労総金属労組・旭非正規職支会長チャホノ

真っ先に非正規職が立ち上がる

 韓国のコロナウイルス拡大は、2月末から本格化した。AGCファインテクノ韓国株式会社(AFK、旧旭硝子)韓国工場で働く労働者がコロナ感染者となった。毎週水曜日に行う旭非正規職労働者の水曜文化祭も2月末から中断している。コロナウイルスは、旭闘争にも影響を及ぼしている。

 コロナ発生で零細自営業者と制度から除外された労働者が直撃弾を受けている。仁川にある航空会社非正規職労働者2000人が解雇された。放課後学校講師、代理運転、学習誌教師など、特殊雇用労働者と5人未満の事業場労働者たちは、休業手当さえ受け取ることができず、無給生活を強制されている。

 今よりコロナ事態が進展した後がより深刻だ。無給休職と解雇が積み重なっていくだろう。企業は労働者たちに危機を転嫁している。国家的災難が発生しても、結局最も被害を受けるのは労働者だ。保護を受けられない死角地帯の労働者が最悪の状況に置かれている。

 非正規職単位が集まっている「非正規職を今こそ終わらせよう共同闘争」は、4月25日に青瓦台(大統領府)行進を行うことを決定した。国家災難状況で国家も資本も、非正規職を排除することを確認した。非正規職が真っ先に集団的な力を集め立ち上がることを決意した。

国際連帯の力

 旭闘争は、満5年になろうとしている。コロナ事態で3月1ヵ月間すべてのことを中断した。4月になって初めて工場の前の宣伝戦を始めた。

 3月27日に日本で旭硝子株主総会が開かれた。遠征闘争を準備したが中止した。27日朝、とても驚いた。日本から電話が来た。日本の同志たちが株主総会場の前で宣伝戦を行う姿を後になって写真で見た。感動した。「労働者の連帯はこういうものだ!」と思った。

 労働者は団結と連帯を通して力を得る。旭闘争満5年を駆け抜けて来ることができた力は連帯だ。われわれは、日本の同志たちに学んだ連帯の精神を2019年トルゲート闘争(次ページ参照)で心底発揮した。トルゲート同志たちが高空籠城と青瓦台籠城をしている時、旭非正規職支会は、韓国道路公社本社前での集会申請を行い、われわれだけで1週間に一度出勤宣伝戦を行った。トルゲート同志たちがいなくてもわれわれだけでマイクを握り、韓国道路公社を糾弾し、宣伝戦を行った。

 その後、トルゲート同志たちは、道路公社本社を占拠した。われわれは、さらに積極的にトルゲート闘争を共に闘った。「旭闘争はやらず、トルゲート闘争だけやるのか?」と言う旭同志は誰もいなかった。わが同志たち皆がトルゲート闘争の重要性を知った。われわれは連帯を通して意識が成長した。

よく闘う方法

 旭闘争をしながら多くを学んだ。その中の一つが連帯だ。旭非正規職支会は、たくさん連帯してもらうこともあり、連帯することもある。われわれはどう連帯するのか悩んだ。日本の同志たちの献身的な国際連帯を通して、われわれの連帯を顧みながら総括し討論した。一般的な連帯は限界があることを悟った。

 闘う労働者たちの生活と苦闘を十分に理解することから始めた。当事者たちの苦闘を直接聞くことが重要だった。闘争に直接助けになることを探し、闘いを十分理解するために闘争事業場に行き、必ず懇談会を行った。連帯についての活動が深まった。

 おかげで組織的にトルゲート闘争に専念することができた。平均年齢50代のトルゲート労働者たちは、非正規職の怒りをそのまま示してくれた。トルゲート同志たちと共に闘った瞬間は一生忘れることができない。われわれはこのような労働者と共に楽しく過ごし、笑いそして泣いた。幸せだった。

 われわれは旭闘争に閉じこもらないために努力した。これからも旭闘争より重要な闘いがあれば、その闘いに集中していくつもりだ。よく闘うには自分たちの問題を超えて、団結と闘争を拡大させることだ。日本の同志たちを通して学んだ連帯をしっかり広げて行く。

 後悔せずに闘い、惜しみなく連帯し、旭闘争に必ず勝利する。

金属労組非正規職支会が中央労働委員会に集団調停申請

旭非正規職支会チャホノ支会長のフェイスブックの投稿をシェアします。日本にいる私たちがどんな連帯ができるのか、今一度考えよう。
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先月22日、旭硝子に交渉要請の公文書を送った。 数日後、返事が来た。
当社は、旭非正規支会といかなる雇用関係にもなく、団体交渉の当事者地位にはおりません。
答えは簡単だった。

5月20日、我々は交渉を拒否する金属労組の9つの事業所を相手に、中央労働委員会に集団調停申請を行った。 籠城を始めた 毎日宣伝戦をし、元請直接交渉の義務理由を知らせた。 昨日、10日間の調整期間が終わり、結果が出た。 中労委は”調整対象ではない”として資本家に軍配を上げた。

3回の調停会議を行った。 旭は”キム·アンド·チャン”が出た。 ポスコと現代自動車のマンチーム長、韓国GMは次長が出席した。 大半が法律代理人が出席した。 彼らの答弁は送られた公文書と変わらなかった。 内容だけ単純なものではなく、言葉も短かった。
“黙示的勤労契約関係ではないから..”

最後の調整会議で公益委員の質問ですでに結果は明らかになっている。 元請を相手に交渉しなければならない正確な根拠がほしい”と述べた。 “あとどれくらい証拠が必要ですか”と聞き返した. –9つの事業場のうち7つの事業所がすでに正規職だと数十回の司法判決を受けたが…。 どんな証拠がもっと必要なのか。

彼らは国会で解決しなければならない問題とも話した。 法を変えれば済む問題であることを、誰も知らないだろう。 –すべての制度が私たちの権利を妨げているが…。 味方はない 労組する権利と死なずに働く権利を勝ち取るためには、ただ非正規職労働者が団結して戦うしかない。 団結と闘争が必要である。

13日間の短い闘争だが、資本は直接乗り出さなかった。 依然として資本を守る壁は強固だ。 今回の闘争を通じて、もう一度行政機関の態度を確認した。 闘争の方向について考えるきっかけにもなった。 非正規職の同志たちと共同議題を作って一緒に戦うことができて楽しかった。

韓国非正規職労働者の新たな闘い開始(チャホノ氏のフェイスブックより)

昨日記者会見をした。 司会をした。 久しぶりにメディアもたくさん来た。

韓国空港非正規職キム太一支部長が発言した。 仁川空港航空会社非正規職2千名が解雇されたと言った。

随所で勧告辞職と無給休職が進行されている。 皆非正規職で特殊雇用労働者である。

職場相談119は3月に3,400件の情報提供が入って来たと言う。 一日に100件を超える。

「非正規職もう終わりに大統領府行進」を巡り悩みが多かった。

政府は死ぬとか首になる非正規職問題は関心がなくて。 資本は危機を機会にして。

私たちはじっとしていることができない。 このままではいつでも思うままに切る容易な解雇が作られる状況である。 朴槿惠もできなかった容易な解雇。 非正規職だけでとどまる問題ではない。

当選直後に仁川空港の非正規職を正規職化すると訪れた文在寅(ムン・ジェイン)大統領。

企業に100兆ウォンを支援するなんて…。

資本は”持ち主のない金”を受け取ろうと騒ぎ、労組を無力化させようとすることは火を見るよりも明らかだ。

非正規職労働者らの大統領府への行進は、闘争の始まりだ。

政権が崩壊して、一生姫のように生きてきた朴槿恵(パク・グンヘ)が刑務所に押し込まれように。 韓国社会の最も底辺の労働者たちの決死闘争が、20年下半期にどのような情勢を作り出すかは、誰にも分からない。

生計支援金を超えて、非正規職制度撤廃まで闘う非正規職労働者らの自信が求められる。

『キムヨンギュンという光—記録と記憶』 -キムミスクオモニのインタビュー

昨年8月に『キムヨンギュンという光-記録と記憶』という本が出版されました。2018年12月に泰安火力発電所で当時24歳の青年キムヨンギュン氏が亡くなって以降、遺族をはじめ、民主労総、市民団体などが闘いを継続しています。この本では、発刊に際してのキムミョンファン民主労総委員長はじめとする民主労総幹部の挨拶、これまでの経緯と闘いの意義など5部構成になっています。その中で、キムヨンギュン氏の母キムミスク氏のインタビューが第4部に掲載されていますので、 紹介させていただきます。

『キムヨンギュンという光—記録と記憶』2019年8月故キムヨンギュン市民対策委白書発刊チームより

“今私はヨンギュンの死一つだけを見ない”

(口述 キムミスク(故キムヨンギュンオモニ) 記録 パクヒジョン)

警察から明け方6時頃に最初に連絡がありました。お父さんの電話機に3回メールが来たが、寝ていたので(内容を)聞くことができませんでした。6時半頃だろうか、電話が来ました。「息子さんが泰安(テアン)にいるのはまちがいないでしょう?」と。お父さんがそうだと言うと、「今事故が起こったのですが、息子さんかどうか確認してもらいたい」と、早く来てくれと言ったんです。起きて顔を洗ったのかどうか覚えていません。そのまま来たと思います。そのまま…カードとカバンだけ持ってあわてて泰安に行ったんです。

この気持ちは何だろう?

 最初は警察署に来てくれとそう言ったんですよ。警察署近くまで行ったが、病院(泰安医療院)に来てくれとまた連絡が来たんです。‘大ごとだ’と思いました。大ごとになっているんだな。子供が気絶したり、話ができない程深刻なケガをしたみたいだ。だから子供が自分の子供なのかどうか確認してほしいと言っているのではないか。まさか死ぬということはないだろう。いや、やっぱりない、そんなことはないだろう。そう思いながら泰安に行きました。

 病院に到着して応急室にキムヨンギュンという人が来たかと尋ねたんです。そういう名前の人は入って来なかったと言うんです。人相、着衣などを話しながら、そういう人は入って来なかったかと尋ねても、入って来なかったと言うんです。最後に行くところは霊安室以外ないじゃないですか。間違いなくこの病院に来たという話を聞いたんだけど、霊安室に…20代中頃で、背が175ぐらいになる男の子がひょっとして入って来なかったかと聞くと、入って来たと言うんです。

 確認しなければならないじゃないですか。自分の子供なのかどうか。霊安室の中に引き出しのようなものがあって、そこから息子を取り出したんです。ビニールのようなものに包まれていました。全身じゃなく、頭だけ見せてくれたんです。顔が石炭の粉で黒くなっていました。口の中にも石炭の粉がいっぱい入っていて、私は最大限外側からよく見ようと思いました。自分の子供のようでした。信じたくなかったが…そのようでした。顔に触って見たら生きている時と同じだった。他のところは冷たくなっている皮膚…

 顔ではなく、他のところを見ようと思いました。ところが触らせないようにするんです。なぜそうするのかと尋ねると、ここに来る前に何も聞いてないのか、とそう言うんです。息子の損傷が激しいので見たらいけないというんです。じゃあ言葉で、言葉でも教えて下さいと言ったんです。そしたら、頭は体と分離していて、背中は裂けていて焼けた状態だと言うんです。私が息子の体を見ようとするので、私を外に追い出したんです。廊下で自分の息子をもっと見なければならないと、どれほど泣き叫んだかわかりません。時間がどれだけ経ったかわかりません。他の人は気絶でもするというんだけど、どんなに泣き叫んでも気絶しないんです。はぁ…

 泣きくたびれて上がって来たんだけど、1階に下請け会社の理事という人と、その横は誰かわかりません。二人が来て立っていたんです。申し訳ないと言いながら、言ったことは、「ヨンギュンは、行ってはいけないところに行き、やってはいけない仕事をした。保健に入って置いたのがあるから、それで解決する」と、そう言うんです。       

最初はそういうものかとも思いました。だけど1分、2分経って、少し疑問を感じたんです。遺族と初めて会ったのに、その横ですぐさまそういう話をできるのか?そうじゃないと思うが…何だろう? この気持ちは何だろう?思いが自然にそうなっていったんです。

信じられない言葉

 その場にヨンギュンの同僚たちがいたんです。同僚たちを別のところにこっそり連れて行って聞いたんです。異常の合図が来た時どうしなければならないのかと、ヨンギュンが仕事するところに待機室があるんです。そこで異常の合図を受けるらしいんです。会社ではそういう時、絶対にそのまま行ってはいけない、仕事も処理してはいけないと教育したとそう言ったんです。ヨンギュンの同僚たちの話は違うんです。無条件に行って処理することになっていると言うんです。原則そうだと。完全に正反対の話なんです。この人たちがわが子ヨンギュンに濡れ衣を着せているんだな、そこでわかったんです。真相を明らかにしなければならない、万が一会社で話を仕組んいるとしたら、この事故が完全に私の息子の過ちになってしまうと思ったんです。

 その場から少し離れたところに民主労総から来た人たちがいました。私の助けになればと来た人たちで、会社側とは違う人たちだということがわかりました。その人たちに会社側の人たちを私の目に見えないようにしてほしいと頼みました。どんな人たちだかわからないのは同じだが、元請けや下請けの人たちよりはまだいいのではないかという思いがありました。

 一旦会社を排除し、こっちを選択したんだけど…労組する人たち、活動する人たち、そういう人たちの話を聞くのは初めてなんです。この人たちが私にとって為になるのか、害になるのかわからないじゃないですか。テレビで毎日闘争する姿だけ映っている人たちで、だから私もただ騒々しい人たち、あまりよくない人たち、そう考えていた中で、私がこの人たちをどうやって信じることができますか。

 ところで、私の叔父が以前コーロンにいたんです。労働組合の副委員長をやったことがあって、私が電話して聞いて見たんです。なんか、公共運輸云々とかって名札にあるんだけど、この人たちは信じていい人たちなのかと、そしたら大丈夫だと、信じてまかせればいいと言うんです。だけど私は会ったこともないし、知り合いでもないから疑念を拭い去ることはできなかったんです。一日二日経ってからか、叔父が泰安に来たんです。するとその人たちは全部叔父が知っている人たちだったんです。だから少し安心しました。

 市民対策委副委員長が私にこう言ったんです。私たちは遺族を中心にし、遺族の話を最優先に考えると、その言葉が大きな力になりました。市民対策委の会議に遺族が参加してもいいと言い、朝晩参加しました。私は安置所にいるから、そこでテーブルをおいて会議をしたんです。最初はなんて言っているのか全く分かりませんでした。わからない中でも毎日会議に参加しました。5日か10日経って耳に入って来ました。会議で少しおかしく思うことや、疑問をもったことを全部聞きました。対策委が透明性持って会議をやるのを何日間か見て信頼感が沸いて来ました。

 それでもこの人たちが、自分たちの利益のために私を援助するのではないかと結構考えました。私が考える道とこの人たちが考える道と違う可能性もあるんじゃないか、遺族が望むのは「真相究明、責任者処罰」だけど、あの人たちが望むのは「非正規職の正規職化」ということ、ヨンギュンが掲げたプラカードのように。でもそれも私の気持ちと一致しないということではないじゃないですか。同じじゃないですか。順序が違うだけ。そしてどうせ自分一人で闘うことができるわけでもないし、だから一緒にやることにしたんです。

 その時対策委の人たちが私に重要なことを要求したんです。私の気持ちの中に少しでも心配事などあれば、全部話してほしいと言ったんです。そういうことは何かあるか? なぜそういうことを自分に要求するのか?考えてみました。対策委と私たち遺族間の信頼にひびが入り始めたら、この先うまくやっていくのが難しくなるという思いがはっきり浮かんだんです。あぁ、だからそういうことを言うんだな、その言葉通り、とても小さなことでも共有しました。だから対策委側と私たちと分離された感じではなく、同じ仲間として闘うことができたと思います。そういう部分は本当に対策委の側でよくやってくれたと思います。私はこういう人たちに会ったのは幸運だと思います。

国を信じて生きて来たのに…

 ヨンギュンが働いていたところが、公共機関じゃないですか。公共機関だから信頼して息子を送り出しました。事故3日目現場に行ったんですが、国家機密だと、その中の様子が外部に出たらいけないという機関だと言うんです。私は遺族だから当然自分の息子がどこでどうやって死んだのか、確認したくて行ったんです。

 アパート15階というぐらいの高さにもなる大きな建物で息子が仕事をしていました。階ごとにはしごで上がっていくのですが、はしごが横になっているのではなく、直角に立ててあるんです。それをつかんで上り下りしなければならないんです。息子がどんな訓練をしてきているわけでもなく…中に入ったんですが、薄暗いんです。私が行った時は機械が止まっていたんですが、機械を稼働している時は粉塵がものすごくたくさん舞うんです。ただ立っている時もそんなに明るくないのに、粉塵が舞えばどれほど透明度が落ちるかということです。行く場所ごとに石炭の粉が床一面に散らばっているんです。私たちが普通埃だと考えるそういう水準ではなく、雪のように積もっているんです。

 石炭を運ぶベルトコンベアーの威力がものすごく強いんです。私はヨンギュンが点検だけすると思っていました。落ちた石炭をまたすくい上げる仕事をしているとは思っていませんでした。そして表に出ているプーリー(滑車)に石炭の粉が挟まったりくっ付いたりすると、それを取り除かなければならないらしいんです。息子が仕事をした9、10号機は鉄板で覆われています。ベルトコンベアーに落ちた石炭をすくい上げようとすると、その中に体を半分にかがめて入って行かなければならないんです。その狭い場所で落ちた石炭をすくい上げようとする際、下手をすると機械に接近して入るしかないじゃないですか。そういう場所を継続して見回りながら動かなければならないんです。階ごとに上がったんですが、上がるごとに鉄門が両側に広がっていました。

 私の息子が夜一人でそういう恐ろしいところを…70年代などに見た炭鉱のようなそういうところで夜一人でいたということだけでも本当に大変だったと思うけど、そういう劣悪な仕事までしていたなんて…ヨンギュンが仕事をしていたところは、最も最新のものとして作られたところです。最新で、外から見るとものすごくきれいに見えるけど、その中で仕事する人はより劣悪で、危険な仕事をするように作られているんです。どうしてこの国の公共機関で仕事をこのようにできるのか…それがどうしても納得できないんです。

 最後に最上階に上がりました。ここが事故が起こったところです。掃除がされていて、事故が起こったのかどうか表示が一つもありませんでした。とても驚きました。私は単にそこに上がったわけではないじゃないですか。息子がなぜ死んだのか、どうやって死んだのか、確認したくて行ったんですが、何の痕跡もありませんでした。会社は蓋をしようとしているんだ、完全にそう思ったので、本当に…腹が立って仕方ありません。その上ヨンギュンが死んでから遺体の収容もできなかったのに、その横で機械を稼働したという話を聞きました。ヨンギュンがごみなのか…最低限、けだものが死んでも痛い思いをするのに、うちの息子は何か…

 記者たちを連れて来て、その中をそのまま見せたい気持ちでいっぱいでした。こういう現場がこの国にあるということをすべて明らかにしたい気持ちでした。そこを出てからヨンギュンの同僚たちに会いました。ヨンギュンより大きくても一つか二つ、そういう子供たちがそこで仕事をしていたんです。だからその子供たちに会ってこう言いました。あなたたちはここから出なさい。あなたたちの両親が知ったらここで働かせないようにするでしょう。ここから出てあなたたちも暮らしなさい。

 ヨンギュンの同僚たちも私の息子のように死ぬのではないかと恐ろしいんです。今ちょうど社会生活を始めたばかりの人たちじゃないですか。その大切な人生がここで終わるのではないか、しきりにそう思ったんです。そう思う私が本当に異常に思いました。その状況の中で別の人が見えるというのが…普通自分の息子が死ねば、その悲しみに暮れ、何も見えないじゃないですか。なぜ自分にはそう見えるのか。私が精神的に問題があるのか。だけど見えるんです。でも、何ででしょう。感じるんです。その人たちもそういうことに直面すれば、その両親たちも自分と同じ悲しみを味わうというのが。

私だけの悲しみではない

 私は今回のことを経験し、2か月経ってこの国が本当にどんなところなのかわかりました。国が構造的に、ものすごい多くの人たちをヨンギュンのように死なせているんだな、そういう苦痛を経験しているのは私だけではないんだな。本当に、本当に驚きました。1年に2400人が安全が守られず死んでいるのに、ものすごい大惨事にもかかわらず、それがただもみ消されて流されているんだな。国民のために国があるのではなく、政治や財界のために国があるんだな。

 私にとってこの国はとても暗く、血なまぐさい匂いがします。怒りで我慢できません。悔しい気持ちがとても強く、黙っていられないんです。私がどんな手段を使っても状況をひっくり返さなければ。そういう人たちだけ生きられる国ではない、その人たちは処罰され、国民たちが生きることのできる国を作りたいんです。私に何ができるのかよくわかりません。だけどヨンギュンのことを経験して、自分が知らなかった自分自身を知ったんです。ある人は大事を経験したら、精神が混乱し、苦しみに打ちひしがれしきりにもがくけど、私はむしろ精神がよりはっきりしています。どうすればこれをを解決することができるか、考えているんです。

 発言の機会がある時、最初は会社を罵りました。その次は政府を罵り、その次には国と財界は同じ穴のムジナだということを知り、さらに罵ったんです。ヨンギュンの同僚たちが非正規職じゃないですか。だから次に発言する機会がある時は、非正規職の人たちに向って力を合わせてほしいと要求しました。またその家族たちが一緒に一つになることを要求しました。こう要求するのは、個人と闘うのではなく、国と闘うことだからなんです。これは絶対そう簡単に解決することではないな。ものすごい困難な闘いになるな。毎日外に出るたびに、どうやってこの状況を大きく育てて行くのか考えました。

 一日一日言うべきことを文章にしたんです。毎日毎日2、3時間かろうじて寝ましたが、それでも横になってもパット起きて、泣いて、怒って、そうしていたんです。悔しさを文章で晴らさなければという思いがしたんです。人に対して伝えたい気持ちが大きかったんです。人の横で話す時は、私が感じる感情そのままを表現しました。たった1度でも嘘を言えば人はみんな分かるだろうと考えました。私は普通のおばさんだったじゃないですか。知識人たちのように、言葉を筋道立てて言うことができないことを自分でもわかっているんです。ただ自分の気持ちだけ伝えることができればと考えました。人々はそれでも私の気持ちが見えたのか、分かってくれたみたいです。だから継続して勇気を出して自分の仕事をやって行きます。

 対策委副委員長がこう言ったんです。オモニが仕事をしきりに大きくして、付いて行くのが大変だったと、その時は時間だけ過ぎて行き、解決方法はなく、何ができるという声も耳に入って来ないし…いらだちがあったんです。対策委の人たちが自分の限界を超えるほど本当に一生懸命やってくれました。私が辛い時、その人たちも同様に辛かったでしょう。寝ることも満足にできず、やることはたくさんあって、ストレスが多かっただろうに、悪いと思いながら迷惑かけました。だけどこの仕事を必ず解決しなければならないという気持ちが、その時自分にとって先立ちました。

 当然私だけでできることだとは思いませんでした。だけど何もやらずにただいたら自分が死ぬかもしれないと思ったんです。ヨンギュンのお父さんはしゃがみ込んで、一人で苦しみを鎮めるスタイルだけど、私は違うんです。この悔しさを自分一人で鎮めるのは本当に大変で、だったら私は本当に錯乱し死にます。それをわかっているから外に出て闘わなければならないんです。今私はヨンギュン一人の死とは見ません。ヨンギュンの死が大きな爆弾だったけど、そのせいで私にとってこの国全体の問題がとても大きく実感できたじゃないですか。

 今はまだ子供を失わないでいる家庭が、私のように苦しみをを味わうことのないように願う気持ちが大きいんです。知らなければ知らなかったし、社会がこうだったということ、今は肌身でわかったので、顔を背けることはできないんです。闘って負けたとしても。

 私がヨンギュンの写真を見ながらこう言ったんです。こいつめ、あんたは何でこんな目にあって、あんたがどうやって死んだのか、私がどれだけ悔しいか、人に毎日そのことを話しながら生きるようにしたのか、と。だけど、息子がそれを望んだわけではないじゃないですか。単に今状況がそうなっただけ。子供がそうなれば別の親は思う存分泣いてくれて、痛みを感じてくれるでしょう。そういうことをしてあげることができないのが…本当に心が痛むんです。ところで泣いたり苦しんだりするだけでは、私の子供に濡れ衣を着せられることになるし、国もただそのままで終わるじゃないですか。だったらヨンギュンが本当に望んだり、私が望むことは達成されないじゃないですか。これは子供が私の立場になったり、私が子供の立場になったりしても正しくないと思うんです。私は10回、20回死んでも生き返ってこうやって闘うつもりです。

人生のすべてを失い、どうやって生きなければならないか

 今回の事がある前まで私は前だけ見て生きて来たんです。とても生活が大変で。ヨンギュンのお父さんは体の具合が悪くて病院にいて、ヨンギュンを育てなければならないし、学校にも通わせなければならないし、カネを稼ぎ生活するだけで精いっぱいでした。私は高校を出てから社会生活を続けて来ました。結婚して夫の両親と少しの間暮らしたことがあるんですが、その時とヨンギュンが生まれた少しの間を除けば休んだことがないんです。今回のことがある前まで通った会社では2交代勤務をしていたんですが、休んだのはひと月にたった1日だけでした。私は仕事をいい加減にするタイプではないんです。会社に迷惑をかけないように一生懸命やりました。私が利潤を多く上げれば会社に長く通うことができるからです。私も一家庭の家長だったじゃないですか。首を切られたらいけなかったんです。

 大変でした。だけど子供がいたからよかったんです。おなかの中にいる時からヨンギュンが大きくなる姿を期待するその気持ちが本当に…よかったんです。子供がよく育ってくれさえすれば、それ以上望むことはなかったでしょう。ヨンギュンが小さい時、亀尾で暮らさず祖母の家と近い田舎の町内で過ごしたんです。臨皐(りんこう)書院の横にある臨皐小学校というところに通いました。息子は小さい頃からたくさん病気をしたんです。勉強に神経使わず気持ちを楽に健康に暮らすことだけ願いました。

 ある日ヨンギュンが、学校から大きな袋にぎっしり一杯銀杏を拾って持って来たんです。重くて匂いがするのに。ふだん私が体にいいという銀杏を拾う姿を見ていたようなんです。本当にうれしい気持ちになって、ゴム手袋をはめてきれいに洗って干してよく食べたことを思い出します。本当に子どもがかわいいことをしてくれたんです。嫁ぎ先の家に行くと、いとこたちはみんなヨンギュンより小さいんです。ヨンギュンが祝祭日の時、祖母の家に行く前に必ずスーパーに行くんです。行けばお菓子をいっぱい買うんです。「なぜ?これ全部あなたが食べるの?」と言ったら「いや、いとこたちに分けてあげるんだ。一緒に食べようと思って買うんだ」と言って、とてもうれしそうな姿を思い出します。

 だけど子供が学校に行く前に、私が少し心配したんです。このようにおとなしいこで、学校に行って友達に殴られて来たらどうしよう。だから子供に話したんです。「お前学校に行って誰かけんかを仕掛けて来たらどうすんの?」と言ったら、「お母さん、自分がただ言葉でちゃんと説得するよ」と言うんです。「じゃあお前一度殴られたらどうするの?」。それでも口で話して見ると言うんです。やれやれ私が教育をそうやってして来たのか。(笑い)どうしようか、毎日殴られて来たら? こう思いました。小さい頃からそういう気持ちだったのでヨンギュンは大きくても心がきれいで思慮深かったんです。

 大学は大邱にある永進専門大学へ行ったんです。亀尾からそこまで通学しました。ヨンギュンのお父さんが寄宿舎に行かせないと言ったんですよ。お父さんはヨンギュンが高校までは外泊もさせませんでした。よくない環境に置かれると思ってかなり心配したんです。川のほとりに放り出したのように、いつも何か間違いがないか心配したんです。万が一ヨンギュンがどこかに行くとするでしょう。そしたらお父さんは地図を探してどこへ行ったら何に乗って、またどこに行ったら何に乗り換えて、こういうことまで全部教えるんです。ヨンギュンは「お父さん、自分はこれはできる、どうかそこまでしないで」。そういう時もあったけど、悪く受け取っているわけではなかったと思います。お母さんとお父さんが自分のそばにいたい気持ちをよくわかっていたからです。

 今度の事が起こった最初の段階でセウォル号の遺族の方たちが来て私をよく知っていただいたんです。その人たちに一番初めに尋ねたかったことは、子供がいなくなってどうやって暮らして来たのか、だったんです。セウォル号遺族ヨンソギのお母さんは、子供がひとりしかいなかったじゃないですか。その子供を失ってその苦しみをどうやって耐えているのか、それが一番聞きたかったんです。私は本当に…生きていく自信がなかったんです。セウォル号事件が起こった時、私はその一年を暗く沈んだ気持で過ごしました。いくら光がさし明るい日でも自分の気持ちは本当に暗かったんです。あのお父さん、お母さんたちはどうやって生きていくのか。本当に大変だな。だけど生きる人は生きる、どうやっても生きるだろう…私は一つ橋を境に、他人事だと考えて生きて来たんです。ああいうことが起こることはないだろうと。ところが…自分がそういう目にあったんです。ある瞬間あの人たちが自分になったんです。

 社会がこうやって安全でないということを知らずに生きて、本当に…この…暗澹たる思い。(涙)我慢できない怒り、私の希望…私の人生…をすべて失ったじゃないですか。私たちはヨンギュンが小学校を卒業するまで、子供を自分たちの間に寝かしました。ヨンギュンの顔をお互いに見ていたんです。それほど大事な子供がそうやってひどい環境で働いていたこと、凄惨に引き裂かれて死んだじゃないですか。どんな親が私のように険しく、息子を…(すすり泣く)どうやって耐えればいいのかわからないし…今何を希望にして生きればいいのか…いくら考えてもないんです。思う存分に生きたくもなく、泣きながら行きたくもありません。私たちは家庭が壊れてしまったんです。

 遺影の中の子供を見ながらこう言ったんです。ヨンギュン…私はお前だ。お前は私で、お前がそうなってからお母さんは死んだも同然だ。お前は死んだけど、お母さんの中にいるから、お前がしたいことを私が全部やる。それが私の人生の目標になったんです。そういうことを握りしめて生きたくて。私は大して恐れることもありません。今持っているものは体しかないじゃないですか。闘って負けても私が失うものはこの体以外何がありますか?私はそう思っているんです。

短くて長かった時間

 最初の段階で対策委に(遺族の権限に代えるように)委任状を書いたんです。その時は元請け、下請けの人たちと対策委とで言い争いがあったんです。会社側は対策委に対して、なぜあんたたちだけ遺族と接触するのかと言うんです。自分たちも遺族に会って話をすると、だから市民対策委を後押しするために委任状を書いたんです。それがあれば、市民対策委があの人たちに振り回されず力を発揮して仕事することができると思ったんです。その委任状を3日後に書いたという話をあとで聞いてびっくりしました。私はその時間がものすごく長かったと思っていたんです。10日くらいは過ぎてから書いた感じでした。

 委任する時は私一人で決めました。気持ちが急ぎ、別の家族たちと相談しませんでした。そういう点は少し申し訳ない気持ちがあります。そういう重要なことなのに、自分一人で決めたというのが。いくらいい結果が出たとしても、相談はしなければならなかったんだけど…いつも気になっています。ヨンギュンのお父さんは家が亀尾じゃないですか。故郷が永川(ヨンチョン)なんです。だから昔から与党の側(現自由韓国党)の応援を一生懸命したし、今度の事を経験してからすごく混乱したんです。1か月くらい過ぎた時、子供を冷たいところに入れて置いて、どれほど待たなければならないのかと言ったので、私がこう言いました。子供を焼いて埋めるのと、霊安室の冷たいところに入れて置くのと何が違うんだと、どっちも戻って来ることはできない、私たちにとっては、ヨンギュンの濡れ衣を晴らすこと、悔しさを晴らすこと、それが大事なんじゃないのと説得したんです。ヨンギュンお父さんが何とか私の説得に共感してここまで来たと思います。

 闘っている間、家族たちが大きな力になりました。事故が起こった後、最初の日だったか、次の日だったか、西部発電キムビョンスク社長が来ました。靴も脱がないで入って来ていたんだけど、私はその人が西部発電社長なのか知りませんでした。お姉さんが最初に気づいて、「あんたどの面下げてここに来たんだ!」と怒鳴りつけて追い返したんです。次は私の妹が遮って止めてくれました。特に妹は私のそばでいつもスケジュール管理をしてくれて、私に代わってやってくれたのでものすごく頼りになったんです。ホントにすごく…感謝しています。

 産安法(産業安全保健法)改正ということで国会に行ったじゃないですか。3日間行きました。対策委を通して産安法というものがあることを初めて聞きました。事故を起こした元請けを処罰する法がある。それが国会を通過すれば元請けを処罰することが可能な条件ができる。遺族としては当然改正しなければならないと考えるじゃないですか。強力に要求しました。その過程は簡単ではありませんでした。国会議論の最初の日は、まあ何とか少しは通過する感じがしたんですが、次の日から状況が本当に状況がひっくり返ったり、是正されたり、行ったり来たりしました。なぜこの法が遮られ、通過されないのか理解できませんでした。時には大声を出し、時には泣訴しながらやりました。

 ところで通過した改正案には、ヨンギュンの同僚たちが入っていなかったじゃないですか(注2:発電所の業務は改正された産安法が規定する請負禁止業務に含まれなかった)。発電会社でケガをしたり、死んで行ったりするのもすごく深刻なのに、その法に含まれないので処罰することができないじゃないですか。ヨンギュン法と言っているのに、一体何をもってヨンギュン法だというのかわかりません。(事業主処罰規定も)上限に言及したが、下限については昔と同じで(注3:改正された産安法では安全措置を正しく講じない事業場で労働者が死亡した場合、「7年以下の懲役」から「10年以下の懲役」に事業主処罰を強化した。最初提示された改正案では上限刑を高めることと共に下限刑(1年以上)が明示されていた。下限刑は、産安法に違反した事業主が有期懲役や高額罰金を科されることになるのは、ほとんど困難だという批判から導入されたものだった)。誰が後退するような法案を作り、通過させたのか…政治や企業の息がかかったのではないかという思いがとてもします。民営化になり、人がこうやって死んでいくのを当然視する政府や企業の態度はいまだに直っていないし、本当にどうしようもないという思いがしました。

 (12月28日に)ムンジェイン大統領が私に面談要請をして来たんですが、その面談は私がしないと拒否しました。ただ慰労の言葉だけの面談は私が望むものではないし、その必要もないからです。人は大統領面談が特恵だの、ヨンギュンの死体商売だの、そういう話をする時のインターネットなどの書き込みを見たけど、私は動揺しませんでした。私が望むのは、人に被害が及ぶのではなく、多くの人たちを生きさせることじゃないですか。傷ついたり、神経は使いませんでした。私は…ヨンギュンを守ることができなかった親じゃないですか。それが本当に…子供に申し訳ない気持ちなので、私にとってはそれより大きな傷はないんです。

 新年になって慌ただしい気持ちになりました。新年や旧正月をはさんで、もう少し先になれば選挙もあるから、私たちが舌戦の中で葬儀を行うことができるよう(合意案に応じてくれるように)要求したが、だめだと思いました。人が一緒に闘ってくれて各地の百余りを超える団体が心をひとつにして、その後には合意しっかり引き出したと思います。

霊でも共に生きたいと思います

 合意案を引き出した次には、当然葬儀を行うことを考えました。ところが葬儀を行うんですが…すごく盛大にやったじゃないですか。私はそういう葬儀を生まれて初めて目にし、経験しました。こんなことはテレビで大統領の葬儀を行う時に見たことがあるだけでした。呆気にとられる思いでした。

 今回やっとヨンギュンの葬儀を行うということじゃないですか。私はいまだに子供の顔もちゃんと見ることができなかったが、ヨンギュンを泰安に送り出すまでは自分が子供を連れて暮らして来たじゃないですか。離れてからちょうど3か月でした。その間にたった1度家に来て、その時少し顔を見て、死んでからまた見たわけじゃないですか。霊安室では長くても何分間しか見ることができなかったんです。その後は一度も見ることができなくて、すでに葬儀を行い離れ離れになっているのに実感がないんです。何の夢を見ているのか、これが本当に現実なのか…ただ…よくわからないんです。ヨンギュンがすぐにでも来るような気がして…だったら私がこの間行き来しながら騒いでいたことは何なのか?子供が死んだと騒いでいたのに。

 子供が逝ったと言っていたのに、今でもどこかにいるような気がするんです。でも電話をしても受け取らず、カカオトークをしても反応がないんです。私のケータイ電話の中にヨンギュンの遺影があり、墓の写真もあります。子供が骨になり、お墓に入ったところまで自分の目で全部見たけど、私たちの子供が埋められたんだろうか?名前はあるんだけど、これが‘死んだということ’何だろうか…

 親たちはみんなそう感じると思うんです。涙も出ませんでした。抜け殻になった感じで生活しています。ただ呆気なく空しく、すべての事が…自分が…いくらよく食べて、よく暮らしても子供がいないのに、何がいいのか…いいことはありません。(沈黙)ヨンギュンが霊でも家に来て一緒に暮らせればと思うんです、霊でも。先日引っ越しをして、ヨンギュンの部屋をつくったんだけど、ヨンギュンがホントに来るだろうか?ヨンギュンにここがお前の部屋だと話したいんだけど、何の目印もないじゃないですか。(すすり泣く)自分のものがあるから当然自分の部屋だとお母さんがつくってくれたんだな、そうやって考えるんじゃないか、そう考えているんです。

 うちのお父さんが自分は一番苦しいのがそれだと言うんです。子供を一生見ることができないこと。ただ一度でも会うことができればいくら長い歳月が流れても待つことができるんだけど、それはできないじゃないですか。だから早く死んで子供のそばに行き、一緒にいたいと、それが幸せだと言うんです。私がこう言うんです。本当に霊がいて会うことができると確信できれば行けばいい、でもそれはいないじゃない。万が一ヨンギュンと会えずにただ死ぬだけだったら、もっとくやしいんじゃないか。そうやってお父さんを説得しているんです。

私たちが光になれば

 息子を失った親が目を開けて、ご飯を食べて暮らしている自体が毎日罪のような気がします。しかし死ななければ生きるということじゃないですか。生きていれば意味のある人生を送らなければならないでしょう。この間私が今回の事を経験して、人にたくさん助けられたじゃないですか。その人たちに私がいちいち挨拶ができません。だからこの人たちの家庭を守り、安全な社会をつくることでその一助となればと思うんです。

 ハンファ工場爆発事故の遺族たちに会いに行きました。事故が起こってから11日目でした。記者たちに頼ろうとしても取材に来ようとはしないし、本当に暗く落ち込んだそうです。力がしきりに抜けて‘このまま終わるんだろうか’と考えていたんだけど、私たちが行った時でした。記者たちと一緒に。その人たちは私に「お母さんは本当に立派だ。私たちはそうなふうにできないと思う」と言って、私がこう言ったんです。私も3か月前まではごく普通のおばさんだったと、こうやってできるのは私が立派なんじゃなく、母親だからできるんだと、母親だから息子の悔しい思いを晴らしてあげなければならないし、また私ができることはこれしかないのでやっているんだと、誰でもできることなので、勇気を失わずやって下さいと。

 その次からその人たちが記者会見もしたそうなんです。直接行って見てないけどインターネットに出るニュースを見ていたんです。声をあげているな、その時行ってよかった、そう思いました。今後も悔しい死に方をして、どうすればいいのかわからない人たちに会って、力を貸してあげなければと。自分もできることはあるんだなと。

 ヨンギュンの事故が起こってある団体から話を聞いたんですが、そこも非正規職という問題で論議が始まったばかりだった状態で、ヨンギュンの問題が発生してすぐ正規職に転換されたと言うんです。

 私たちが闘った余波が社会のあちこちに及んでいることに気づきました。私たちのやっていることがいい結果をもたらしているんだな。私がヨンギュンの死を無駄にしてしまえば、また何事もなかったように過ぎていく可能性があったじゃないですか。でもこうしてみんなが力を合わせて闘い、社会が少しでもよくなり、ある人にとっては私たちが光になっているんだな、もっと一生懸命やらなければと感じるんです。

 今、別の産業災害家族たちと1か月に1回ずつ会っています。遺族たちとは、ただお互いに会って話すこと自体が慰労になります。どんな話をしても大きな傷にはならず、別な見方をすれば自分の家族たちよりもむしろ理解がより深いこともあります。チェジュ島のイミンホのお父さん(サムスン半導体産業災害遺族)、ファンサンギお父さん、ヘギョンイとヘギョンイのお母さん…私にとって多くの慰めになりました。今までよく闘うことができるようにしてくれた人たちです。

 また別の被害者が出て、その人たちの過ちではないということを明らかにしようとする時、私たちも力になれるんです。安全ではないこの社会のひとつひとつがすべて暴かれ、人々の認識が変わることを望んでいます。安全についての話がうまずたゆまず継続して語られるようにして、今人権団体とかそういう人たちも粘り強く活動できるようにしたいし、誰か代わりにやってくれるわけではないこともわかっているので、私が率先してやろうと思っているんです。子供を失った遺族たちは死ぬまでこのハン(恨)が解けないということです。誰よりも切迫し、切実です。

 今は別に部屋をとって暮らしているが、泰安にいた時期ソウルに初めて来た時は、‘クルチャム(非正規職労働者の保養所)’に泊まりました。1月22日に来たんですね。クルチャムには各界各層のいろんな人たちがすごいたくさん来ます。高空籠城だとか、コルトコルテック、そういう人たちの闘いを見ながら、この人たちが死ぬか生きるかで闘っていることを強く感じます。私はこのようなことがあったことを知らずに暮らして来たんです。クルチャムではそのような人たちにご飯や寝場所を提供しているじゃないですか。社会にこのようなところがあるのはすごくいいことです。初めて知りました。このような所があるということを。

 私がはじめて知ったことは一つや二つではありません。私が生きているこの世の中が明から暗へ入りこんだ感じだったんです。その暗闇の中でも明るさを取り戻すために闘っているということ、暗闇の中に明るいところが存在するということ、ああ、希望があるんだな、そういうのを見たんです。闘えばいいんだ、労組があれば、自分たちの権利を守ることができるということをここで学びました。

 クルチャムに来る時、初めから保護される感じを受けました。この人たちは誰かを苦しめることを絶対に許さない人たちじゃないですか。外では誰かが大変な目に合うとか、誰かが苛めるなどと考え、毎日防御的な姿勢なんですが、ここはそういうのはないじゃないですか。痛みも共有し暖かく包んでくれて、手助けする人たちを見ると、本当に次元が違うんです。私が何を言っているのか理解できますか? 共に生きることによって力になるので、私は闘う人たちのそばにいると力が出ます。

http://m.pressian.com/m/m_article/?no=262176&ref=google#08gq (『プレシアン』2019.10.24 上)

http://www.pressian.com/news/article?no=262190 (2019.10.26 同 下)