支援共闘会議・金元重顧問の闘い

 旭非正規職支会支援共闘会議の顧問として、旭非正規職支会に心を寄せ、支援共闘会議の運動に大きな力となってくれている金元重・元千葉商科大学教授。2021年2月22日付の朝日新聞「取材考記」欄にオピニオン編集部の桜井泉氏が金さんのことを書いてくれているので紹介します。

映画になった韓国の情報機関・KClA

独裁政権下の「南山」今も癒えぬ傷

 韓国・ソウルの南山(ナムサン)は、大都会にあって緑豊かな憩いの場として知られるが、かつて別の顔を持っていた。軍出身の朴正熙(パク・チョンヒ)大統領の時代、ふもとに中央情報部(KCIA)があったのだ。

 北朝鮮や政敵の情報を集め、独裁政権の政治工作を担った機関だった。治安の総元締として反体制派の学生や知識人らを捕らえ拷問を加えた。「南山」と聞けば、みな震え上がった。

 韓国映画「KCIA南山の部長たち」が日本で公開されている。1979年、KCIAトップが朴大統領を射殺した事件を題材に、権力内部の大統領への忠誠争いや葛藤を描いた。

 KCIAと日本との関わりは深い。73年8月、朴政権に反対し、東京で事実上の亡命生活を送っていた金大中(キムデジュン)氏(後の大統領)が、工作員によってホテルから白昼、拉致され、船で本国に送り返された。日本の主権侵害だ、として日韓の大きな外交問題となった。

 あまり知られていないが、在日韓国人の若者らもKCIAの標的になった。70年代、あこがれの母国で学んでいたところ、日本での活動を疑われ、北朝鮮のスパイにでっち上げられた。その一人、千葉県に住む金元重(キムウォンジュン)さん(69)は大学院生だった75年、ソウルの寄宿舎から南山に連行された。「学園浸透間諜(かんちょう)団」という名を付けられ、懲役7年の判決を受けた。

 映画を見た金さんは、息が詰まるような展開に心臓を高鳴らせ、昔を思い出した。南山の地下室で10日ほど調べられ、拷問された。朴大統領の死は刑務所の構内放送で知った。「これで民主化が進む、と心の中で万歳を叫んだ」。80年、再び軍出身の全斗換(チョンドゥファン)氏の独裁が始まり、民主化にはなお曲折があったのだが。

 金さんは満期で釈放され、日本に戻った。再審無罪を勝ち取ったのは2012年だった。「私自身は獄中にいて祖国の民主化に貢献できなかった。でも、こんな映画をつくれる自由な世の中になった。そのことを喜びたい」

 金大中氏が拉致された東京・飯田橋のホテルグランドパレスは、6月末に営業を終える。時は流れた。だが、祖国に夢を抱き、青春まっただ中だった若者たちの心と体の傷は癒えない。

☆☆☆こちらのリンクは作家の深沢潮さんが金元重さんを取材した時の記事です☆☆☆

https://www.facebook.com/fukazawaushio/posts/2059359147453587/